法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『1942年のプレイボール』

NHK名古屋が制作した土曜ドラマスペシャル。今年は戦時中から戦後にかけて職業野球で活躍した4兄弟の、戦争におかされつつある世相への抵抗を描く。
1942年のプレイボール | NHK 土曜ドラマスペシャル
スタッフは、『あまちゃん』等を手がけてきたNHK名古屋の桑野智宏が演出、『半沢直樹』の八津弘幸が原作。VFXは甲子園の再現につかわれている様子。主人公の育った街や、球団寮まわりの風景も、よくセットとロケを組みあわせて再現されていた。
もちろん事実にもとづきつつもフィクションであり、そのことはテロップでも示している。つい最近、海外の劇映画に対して「フィクションだとしても、誤った歴史認識を伝えるおそれがある」*1という批判をNHKが報じたのは何だったのだろうか。


さて、戦争を描く題材として野球を用いた映像作品は『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』『ラストゲーム 最後の早慶戦』『バンクーバーの朝日』など数多い。
この作品も社会が戦時体制へ転がりこんでいく時代が舞台だが、基本はスポーツドラマ。野球をとおして絆を深め、あるいは再起していく人々を描いている。
はしばしの小道具で国家が戦時体制へと向かっていることを表現しているが、父親の会社が倒産したこともあり、4兄弟は野球をすることと、身近な家族のことしか頭にない。
この生活と戦争との乖離は、どこか宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』のようだ。事実として、主人公の位置にある次男は「二郎」という名前で、大きなトンボ眼鏡をつけている*2

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とはいえ、はっきり戦争が主人公周りに影を落とすエピソードも一部ある。投手として活躍していた長男が出兵し、選手としての黄金期が失われ、球を投げられない状態で戻ってくる。
それにつづいて、野球が敵国のスポーツあつかいされることを防ぐため、手榴弾を投げる模範を選手が球場で演じることになる。娯楽のための球場に手榴弾の的が鎮座する光景はなかなかにグロテスクで良い。そこで長男がただ肩を壊しただけでなく、手榴弾を投げさせられたトラウマが明かされる。
しかし何かを投げることで人を殺した痛みは台詞で語られるだけ。回想される戦場で死ぬのは友軍の兵士だけで、敵軍の兵士は顔も見えない。採石場を使うくらい戦場シーンに予算を使っていないとはいえ、日中戦争なのだから日本人の俳優を敵軍に見立てることは難しくないはず。死体を画面に映さなければ加害の罪を描けないわけでもないが、長男が誰かを殺したという心情によりそうためには、モンタージュなり音響なりで実感させてほしかった。
そうしたトラウマが解消されるのも、野球を通しておこなわれる。もちろん戦争するよりも野球をしたいという願いをこめるための展開ではあるし、三男にいたっては出兵したまま帰らなかったことも言及されるのだが……良くも悪くも以降の国家の動きから顔をそむけるようにドラマが終わった。同じ物語でも、もっと戦争に向かう世相と平和な4兄弟のコントラストを強調する演出で閉じてほしかった。
軍神を題材とした過去作*3のようなドラマと期待したのが良くなかったか。どのキャラクターもわかりやすく成立していて、スポーツドラマとしては悪い内容ではない。せめて宣伝において昔の野球を題材としたドラマということを前面に出していれば、アクセントなりに戦時体制をきちんと描いた作品と思えたかもしれない。