法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ガールズ&パンツァー 劇場版』

女子が戦車に乗って安全に戦う競技「戦車道」が確立した世界。その競技での活躍で、ひとまず大洗学園は廃校の危機を脱したはずだった。
しかし、前倒しされた危機が大洗学園におとずれ、主人公たちはより強い敵との競技にいどむことになる……


水島努監督、吉田玲子脚本をはじめ、TV版のスタッフがそのまま制作し、2015年11月に公開された約2時間のアニメ映画。
ガールズ&パンツァー(GIRLS und PANZER)|公式サイト
単独の映画としてはともかく、TV版をブラッシュアップした劇場版としては納得できるつくりだった。TV版の後日談として設定をひきつぎながら、TV版の12話にわたる物語を2時間に凝縮し、架空競技のスポーツらしさを増している。
TV版を楽しめた視聴者が同じ娯楽性を期待すれば楽しめるだろうし、TV版に不満をいだいた視聴者はそこそこ解消されるくらいの向上が全体に見られる。予想をくつがえすような驚きはないからこそ、安心できる作品。


まず物語や映像は巧妙というほどではないが、けっこう全体の配分がいい。
競技シーンが長いと聞いていたが、キャラクターと世界観を説明するエキシビションで約30分、主人公の動機をつくる学園解散からの再起で約30分、本戦の前半で約30分、本戦の後半で約30分、きれいに4分割されている。特に本戦が、競技はつづけながら小康状態をはさんで分割されることで、物語に完全に置いていかれることがない。
映像表現としても、必ずしも現代のアニメ映画としてトップクラスではないが、満足できるように見せ場を散らしている。観客の期待より少しずつ上回っていくから、ひとつの見せ場だけ印象に残るようなアンバランスさがない。
たとえば最初のエキシビションは、最初はTV版より少し良いくらいのアクションにとどまり、撃破された戦車も形状が壊れることなくプラモのよう。それが決着に近づくにつれ、爆発を3DCGではなく手描き作画で表現するようになり、3DCGの戦車の部品が外れたり傷ついたりダメージ表現が克明になっていく。
競技においてカメラワークをつける時は、基本的に背景を3DCGで描画する。しかし日常シーンでの回想においては、手描きによる背景動画で戦車を走らせる。正確ゆえにリアルであっても無機質になりがちな3DCGとは違って、すみずみまでアニメーターが神経をいきわたせられる手描き作画は情感あふれる表現にうってつけ。


次に、架空競技のスポーツらしさが増していることも良かった。
前半のエキシビションからして、精神論から無意味な突撃を好むチームの失敗を前面に出して、戦争ではなく競技という性格を明確にする。そのチームのモデルを旧日本軍にすることで、外国をおとしめる嫌味がないのも良かった*1
もっとも本戦では、文科省の意向で大洗学園に不利な状況をつくる展開があった。ここはTV版からつづくルールの不公平性を解消するまではできていない。
『ガールズ&パンツァー』はスポーツアニメとしてダメだと思うということ - 法華狼の日記

弱小チームが大正義アメリカや大正義ソ連と正面から戦うような無茶な構図にしないため、スポーツとしてなりたつような厳しい制約ももうけるべきだった。当初のまま、5車輌しか試合に参加できないという制約でも充分だった。

ここは大学選抜チームとの競技という理由で、TV版より厳しいルールを新たに示してほしかった。たとえば指揮車両を落とせば勝てるフラッグ戦では車両数をそろえなくてもいいが、一方を全滅させるまで競う殲滅戦ならば車両数をそろえるルールにしても良かったろう。
しかし物語としては、別高校の援助で圧倒的な差が解消される展開と、そこであえて車両数をそろえる描写があり、競技での不公平感は相対的に薄まった。
さらに対戦相手が驚くような戦車の特異性を、敵味方それぞれ同じくらいに用意して、不公平感をなくしている。TV版では、時間の関係もあり、どちらか一方が特異性を見せて終わることが多かった。それが劇場版では、カール自走臼砲とT28で敵が、クリスティー戦車とポルシェティーガーで味方が、それぞれ2回ずつ特異性を見せることで、公平なような雰囲気をつくりだす。なおかつ、どちらも全体の勝敗を決定づけるほどではない存在として終わる。
他に残念だったのは、ソ連モデルのチームが撤退する場面で、スポーツとしてわりきる視点を入れなかったこと。チームの仲間とともに最後まで試合をしたい心情はありうるが、自己犠牲のようにドラマをもりあげたなら、せめてドラマとしても回収してほしいところ。ここは感動的な展開のふりをしたギャグとしてクールダウンし、次へときりかえてほしかった。


エキシビションで主人公チームを負けさせて課題をうきぼりにしたことや、本戦の前半で主人公側が主導権をとれなかったことも、TV版での不満を解消してくれた。

不満とは、主人公チームがきちんと負けないこと。初期に対外試合で惜敗したくらいで、試合が本格的に始まってからは勝ち続け、展開が単調としか感じられなかった。

全体としても、主人公チームはTV版の敵チームとの混合だから、各チームの活躍の度合いが予想しにくい。本戦での個々の作戦には説得力あるものもないものもあったが、エキシビションで提示した世界観のゆるさを許容できれば理解できる範囲にとどまる。
逆に新たな敵チームは煩雑にならないよう指揮官にしか個性はないが*2、それゆえ大隊長ひとりが全体を統制するという集団としての個性があったし、それゆえ不測の事態に弱いという納得感もあった。
前半で主人公チームが丘にのぼる判断は、怪しみながら決断するのではなく、ひとつふたつミスディレクションを入れてほしかった。しかしTV版での下記のような不満に比べて状況が動きつづけているので目をつぶれる。

圧倒的な戦力を持つ敵チームがいくつも登場しながら、主人公チームと正面からぶつからない。甘く見た結果として足元をすくわれるというパターンが連続。

また、前半で丘にのぼらされて主人公チームが危機におちいったことが、後半の最終決戦で小さな丘にのぼらされた敵指揮車両が挟撃されることで、状況の逆転を表現した映像演出は良かった。敵チームの圧倒的な有利をくつがえした観覧車攻撃も再演され、後半の最終決戦は作品全体の小さな再現として成立している。だから日常シーンを受けた主人公車両と敵指揮車両のお見合いも、台詞で説明せずとも映像として納得感がある。


はっきり残念なのは、TV版から動機の弱かった主人公を新たに動かすため、まったく同じ外圧をくりかえしたこと。

主人公が競技にのめりこむきっかけは実利や人間関係でもかまわないのだが、やがて主人公が競技そのものにのめりこむようになれば、きっかけにすぎない利害関係や人間関係は競技結果と切りはなされていくべきだろう。

印象として単純なくりかえしにならないよう、実際に学園からしめだす展開を入れたのはいい。しかしTV版をリメイクしたという印象を超えるほどではない。
しかも廃校をつげにきたキャラクターが弱すぎる。眼鏡をかけて目が隠れている、特に名前があるわけでもない、個性のない若い役人がひとりだけ。大洗学園を廃校にしようと入念に手をまわす個人的な動機がまったく見えない。いきなり出てきたキャラクターが敵となるのは競技における敵指揮官も同じだが、そちらは日常シーンでの意図せざる出会いと、後半いっぱい使った競技シーンで強さを表現することができた。
せめて憎むべき対象として役人のキャラクターを個性的にしたり、ひとりでなく集団にして外圧の強さを表現しても良かったのではないか。逆に、役人は上司の指示で行動しているだけで、個人としては大洗学園に同情的な態度をとって、憎むことすらできない外圧として位置づけても良かったのではないか。

*1:そういう意味では、TV版からの設定である主人公チームのネーミング元として日本の軍人を持ってきたのは、世界観作りにおいて失策だったように思える。

*2:そもそも既存のキャラクターも意外な背景をもつような人物がひとりもいない。