法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『エルミタージュ幻想』

エルミタージュ美術館で目ざめる誰かの視点。その誰かは監督らしき独白をする。
その監督らしきロシア人は、古き時代にロシアをおとずれたヨーロッパ人と出会った。
ヨーロッパ人とロシア人は時空を超えたかけあいをしながら、エルミタージュ美術館をめぐっていく。
それはロシアという国の300年の断片をたどる小さな旅だった……


96分間1カットで有名な、2002年に公開されたロシア映画。ドイツや日本との合作であり、NHKの撮影機材が活用されたという。
NHKオンデマンド|エラーが発生しました
ドイツからロシア皇帝にとついできたエカテリーナ2世のコレクションにはじまる巨大美術館を舞台に、1テイクで撮影された。VFXのような特殊な撮影技術は一部分だけ*1。基本的には入念なリハーサルとカメラマンの努力によって完成されている。
しかしアレクサンドル・ソクーロフ監督が観客に1カットと気づいてほしくないと語っているように、カットがとぎれないこと自体に意味を見いだす作品ではない。冒頭で暗がりに入ってほとんど見えなくなる場面があるし、途中でも絵だけを大写しにする時間がある。1テイクをアピールするなら別の見せ方をしたことだろう。
これはカメラを何者かの視点に見立てて、パートナーとかけあいしながら歴史を体験していく作品だ。だからカメラの視点はずっと人間の目の高さにあり、狭い廊下も群衆の中へも自由につっきっていく。豪勢な舞踏会から退出していくまでのクライマックスは、1カットという趣向を抜きにしても素晴らしいカメラワークだった。


物語としては、アート映画のようでもあるし、教育映画のようでもある。だが、恐れていたほど退屈ではない。
個人的に最も近いと思ったジャンルは学習漫画だ。それも、たかしよいち作品のように時空を超えた旅をして、パートナーと自由に対象を論評するようなタイプの。
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この映画で視点人物のパートナーとなるヨーロッパ人も、ロシアを遅れた国ととらえて、美術館の意匠や収蔵品へ暴言を吐きまくる。さらに廊下で女性を追いかけまわしたり、舞踏会に乱入して女性とダンスしたり。そうした傍若無人すぎる態度が見ていて楽しくなってくる。おかげで映画が辛気臭くならないし、ロシアへの率直な批判もしばしば入る*2
ちなみにヨーロッパ人の正体は、19世紀の旅行記においてロシアの実態をアジアだと非難したフランス人の外交官キュスティーヌ。映画の中で正体が明かされることはないが、エルミタージュに代表されるヨーロッパへのアンビバレンツな距離感を、ヨーロッパの側から指摘していった。


ただ、私のようなロシア史を知らない観客に優しい映画とまではいかなかった。断片的に再現された過去の事象が、それぞれ歴史的にもつ意義については、何となく感じるくらいしかできない。映像ソフトのブックレットを読んで、ようやく細部の意味や意図が理解できた。
映画鑑賞というものは感じるだけでも充分かもしれないし、最低限の説明はかけあいで語られるのだが、ロシア史にくわしければ違う感想を持つのだろうな、という残念な気持ちもあった。

*1:舞台の真実を示す情景に使っている他、撮影機材が写るようなバレの修正もしている。バレ隠しについては見ていて気づかなかった。

*2:ヨーロッパ人が知らないソ連時代については、監督の独白で批判的に言及している。