法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ソローキンの見た桜』

愛媛県松山市に、日露戦争で捕虜となり亡くなったロシア人たちの墓地がある。慰霊と清掃がつづいている現代、ひとりの記録と墓碑が不整合をきたしている謎が注目される。その捕虜の名前こそソローキン。現地松山の看護師、武田ゆいと愛をはぐくんだ男……


日本とロシアの合作による、2019年の歴史映画。戦争のなかで条約をまもって関係性をきずいた歴史から、現在にいたる国境を超えた友好を賞揚する。

公開直後にミニシアター系で観客動員1位を記録したという。地域賞揚映画として現地の観客を動員できたためだろうか。それ以外に動員に関連していそうな問題も気づいたが、それは後日に指摘する予定。
企画としては、同じように第一次世界大戦の捕虜を厚遇した歴史を映画化した『バルトの楽園*1を思わせる。しかしタイトルが示すように、よりフィクショナルで個人の小さなドラマを描いている。
支配対象として第三国をうばいあった日露戦争の根幹は当然のように言及されないが、実は後述のように国家同士の友好を描いた作品とは少し異なっている。


さて序盤はソローキンも武田ゆいもほとんど登場せず、主に収容責任者*2と捕虜側代表*3の将校同士のかけひきで物語が進んでいく。
浴衣を着て開放感ある寺社で寝泊まりし、飲酒や遊郭もたのしむ将校たち。もちろん一等国に入りたいから日本が厚遇していることをロシア側は見すかしているいるし、衝突が発生してからは日本側も飲酒を禁じるようになる。責任者は建前をつづけるが、それ自体が杓子定規な印象が強い。捕虜厚遇の歴史が美化だけではすまないことを明示し、企画を相対化する重要なパートではある。
しかしここで制作リソース不足がどうしても目につく。あくまで国賓的な待遇は将校に対してだけで、兵士はバラックに収容していることが台詞で語られる。しかしその絵がいっさい登場しない。人口の一割近くが捕虜になった地方都市の奇妙な状況を描くだけの人的リソースが映画にない。
捕虜の日常風景も、道後温泉や寺社などの名所旧跡のロケにたよっている。比べると『バルトの楽園』は演出こそ古くても、観光名所になるくらい巨大なオープンセットを建てる余裕があり、予算不足は感じなかった。


テロップで強調しているように、井上雅貴*4監督自身が編集もしている。これも良い部分と悪い部分が混在している。
アクション未満の、捕虜と兵士の緊張感が高まる場面や、武田ゆいが家族にとりかこまれる場面などは、地方映画らしからぬ細かいカット割りと手間をかけたカメラ位置変更で、なかなか悪くない。荒地で撮影した短い戦闘シーンも、きわめて低予算なりにそれっぽく撮影できている。
しかし全体的には情報が無造作に投げ出されている印象が強い。時系列を前後させて松山市の青年たちが海辺の捕虜へ復讐心を叫ぶ場面など、それ自体は必要な描写だと思うが、前後の流れから切りはなされていて唐突感がぬぐえない。
たとえば山田洋次監督の映画『小さいおうち』*5ならば効果のあった現代と当時の視点を行き来する構成も、現代パートで特に情報量が増えるわけでもなく、意味を感じなかった。ただ現在の観光地を映すことを優先したため現代パートを多く入れたようにも見える。


ただし終盤でちょっとしたトリックがあり、一気に歴史を題材としたミステリとしての色を強めている。これには意外性があり、好みの展開でもあったので、最終的な評価が上向いた。
念のため、たびたび現在の視点が挿入される構成そのものに意味が生まれたわけではないし、全体的に唐突な情報の提示に伏線がおりこまれているわけでもない。しかしそれと同様につたないだけと思われた断片的な描写の一部が、見終わると違った意味をもっている。異なる文脈におかれることで同じ光景が違った印象をもつ、モンタージュ技法が物語へ密接にくみこまれていた。
そしてそのトリックが、いかにも歴史を美化する企画全体をも相対化する。予告で「ロミオとジュリエット」というフレーズが登場するが、描かれるのはまさに日露という両国の友好ではなく、日露それぞれの歪みを背負わされた若者ふたりの必然的な接近だ。


実はソローキンはただの捕虜のひとりではなく、ロシアにもどって革命を起こそうとしていた。おそらく歴史的にはボリシェヴィキと協力して帝政をうちたおしつつ、最終的に対立した軍人と同じ立ち位置だろう。結果として日露戦争で日本を側面支援した立場でもあった。
一方、武田ゆいは武田家の家業をたてなおす融資をひきだすため、銀行員と結婚するように両親からせまられていた。そこで家父長制に敗北しながらも対価を限界までひきだした自主性こそがソローキンを助けた。
結末のソローキンによる独白では松山の素晴らしさがたたえられるが、真相を知っている観客としては家父長制の闇ばかり感じられる。女性に対する高評価も、家父長制が強要した貞淑と献身でしかないと思えてしまう。そうした印象を先述のトリックが強化していく。
政府の思惑や愛国心ではなく、個人の信念や感情だからこそ国籍をこえた協力ができて、国家や家が変化した未来にも関係がうけつがれる。これはそういう物語だった。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:イッセー尾形がつきぬけて戯画的な日本人を好演。

*3:アレクサンドル・ドモガロフはロシアのベテラン俳優らしく、『ウルフハウンド 天空の門と魔法の鍵』にも出演。 hokke-ookami.hatenablog.com

*4:ロシアとの縁が深く、イッセー尾形主演、ソクーロフ監督の映画『太陽』でメイキング監督をつとめたという。

*5:hokke-ookami.hatenablog.com