Wikipediaの「吉見義明」項目は、出典を誤読した記述が多い その2 - 法華狼の日記のコメント欄で「荻上チキSession22」が裁判をとりあげていると教えてもらった。
公式サイトを見ると、被告となった桜内文城元議員のツイートが紹介され、判決文のPDFファイル*1や要旨のテキストも掲載されている。
2016年01月20日(水)DNSセレクト「吉見義明教授の[従軍慰安婦]本めぐる名誉毀損裁判。判決文全文掲載&荻上チキのコメント」 - 荻上チキ・Session-22
「『従軍慰安婦は性奴隷ないし性奴隷制度である』と評価することは『誤りである』、『不適当だ』又は『論理の飛躍がある』」などといったことは、証拠をもってその存在を決することが可能な事項ではないから、事実の摘示とはいえず、意見ないし論評の表明に属するというべきである。
このように、事実の適示ではなく論評の表明だから名誉棄損というほどの違法性はない、という判断だった。
性奴隷説の妥当性にふみこまないどころか、性奴隷説は証拠で決められるものではないのだという。だとすると、証拠をもって性奴隷説を否認することもできなくなるように感じる。
そもそも裁判で争われた桜内元議員の発言は、「吉見さんという方の本を引用されておりましたけれども、これは既に捏造であるということがいろんな証拠によって明らかとされております」*2というものだった。桜内元議員の認識においても、「証拠をもってその存在を決することが可能な事項」だったのではないのか。
判決文で裁判所の判断と桜内元議員の主張が衝突しているのはここだけではない。「捏造」という言葉のニュアンスもそうだ*3。
口頭で述べられた短いコメントであり、これを耳にした者が「事実でないことを事実のように拵えて言うこと」という「捏造」の本来の語法どおりに理解するかは疑間がある。
上が裁判所で、下が被告側。
慰安婦がすなわち日本軍の「性奴隷」と断定することは、「事実でないことを事実のように拵えて言うこと」、すなわち「捏造」に他ならない。
その根拠となった理屈にしても、被告側は裁判所が「そぐわない」と判断した言葉づかいをしている*4。
従軍慰安婦が「性奴隷であった」かどうかは、事実そのものではなくそう評価すべきかどうかという問題であるから、事実について用いられる「捏造」という言葉はそぐわない。
上が裁判所で、下が被告側。
原告の主張が悪質なのは、
「従軍慰安婦は軍による性奴隷であった。」という虚構の事実を捏造し、事実と見せかけて原告の政治的主張を世界中にまき散らしたことである。
この判決文を読むだけでは、あたかも裁判所が被告自身の主張を無視して発言を解釈したように感じられてしまう。
もちろん実際には判決文にも被告側が「全て争う」とだけ書かれて、実際の主張が省略されている部分がある。
たとえば「捏造」が本来のニュアンスで理解されない根拠として、同時通訳が「incorrect」と翻訳したという部分は、第8回口頭弁論の反対尋問で出てきていた。
YOいっション: 吉見裁判 第8回口頭弁論&報告集会 参加記
会見時の通訳が「ねつ造」を“incorrect”(不正確)と訳したことから、被告発言は名誉毀損とまで言えないのではという質問もあった。
とはいえ、この原告側レポートを読んだ時は、この質問が判決を左右するとは思わなかった。
桜内元議員も判決の理路を予想していなかったのかもしれない。判決の直前に下記のようなツイートをしていた。
こうした桜内元議員の主張と判決をくらべた疑問は、「荻上チキSession22」でもポッドキャストの9分くらいから指摘されている。さて、控訴でどうなるか。
*1:http://www.tbsradio.jp/ss954/20160120.pdf
*2:判決文10頁目。引用時に読点をおぎなった。
*3:判決文12頁目、6頁目。
*4:判決文11頁目、6頁目。