法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

従軍慰安婦問題をめぐる名誉毀損裁判の第一回口頭弁論で、維新の会はしっぽを切らなかったらしい

記者会見で捏造という言葉が用いられた問題*1名誉毀損裁判で、第一回口頭弁論がおこなわれたという。
二度にわたる公開質問状や、原告側の訴状*2は下記サイトで確認できる。
日本の戦争責任資料センターホームページ


対する被告側だが、吉見義明教授から公開質問状が送られた時、あくまで同席していた桜内文城議員個人の主張と橋下徹市長はかわしていた。
吉見義明教授の「質問」と、橋下徹市長の「逃亡」と - 法華狼の日記
だから主張の責任においては、完全に切り捨てたとばかり思っていた。しかし、日本維新の会が公式サイトで予想外のニュースリリースを公開していた。
https://j-ishin.jp/legislator/news/2013/1008/890.html

わが党の桜内文城衆議院議員に対し、中央大学教授の吉見義明氏が提訴した「慰安婦=性奴隷」捏造裁判の第一回口頭弁論が、10月7日に行われました。
桜内文城衆議院議員は、日本国及び日本国民の名誉と尊厳を守るため、法廷において「慰安婦=日本軍の性奴隷」という虚偽を明らかにしていきます。


第一回口頭弁論ニュースリリース.pdf

維新の会の公式サイトに書かれていることから、桜内議員個人に責任をかぶせるつもりはないのだろう。それどころか全面的に史実性で争うつもりのようだ。


実際にニュースリリースのPDFファイルを読むと、「虚偽を世界に発信している吉見氏の讒訴を法廷で粉砕します。」という宣言にはじまり、「吉見氏の嘘と捏造を完全に論破する主張を行った。」といった強い言葉で満ちている。
しかし、その主張を吉見教授の著作と見比べてみて、違和感を持たざるをえなかった。

「性奴隷」に該当する事実を明示しないまま、「慰安婦=日本軍の性奴隷」という「結論」部分だけを訳本の副題及び英文版の序文として出版することにより、英語を公用語とする国はもとより、その他多くの国々において、慰安婦国際法上の「奴隷」または「性奴隷」の定義・要件に該当する歴史的事実が存在しなかったにもかかわらず、「慰安婦=日本軍の性奴隷」であるとする虚構の事実を捏造し、事実と見せかけて自らの政治的主張を世界中にまき散らした。

維新の会が反論対象にしている英訳本は残念ながら手もとにない。しかし、とりあえず岩波新書の吉見義明『従軍慰安婦』を見ると、序文以外にもくわしく根拠が論じられている。
たとえば「V 国際法違反と戦犯裁判」という章が目次からも確認でき、細かく見れば「奴隷制の禁止」*3という項目がある。そこでは前借金で拘束することが国際法上で禁じられているという学説が紹介されている。
また、慰安所制度を擁護する者がしばしば同一視したがる公娼制を論じた項目で、公娼制そのものが事実上の性的奴隷制度だったと論じてもいる*4


一方で、「内容ダイジェスト」と断っているとはいえ、ニュースリリースに維新の会の主張を裏づける具体的な根拠は書かれていない。
せいぜい国際法上の定義へ簡単に言及した後、下記の文章で事実認定にふれているだけだ。一定の自由があることは、奴隷状態であったことの反論にはならないのだが。

「事実認定」として、慰安婦の①募集形態及び②生活条件等については、原告及び被告の間に争いは存在しない。慰安婦が一定の自由を得ていたことは、吉見氏も自著に記述している。


さらに、名誉毀損されたという根拠の「捏造」発言について、たった五文字にすぎないと評価している。

仮に、桜内議員が「これは捏造だ」と反論しなければ、司会者が「橋下氏は、政治目的のために歴史を書き換える必要は無い。」と述べている以上、当時、韓国内で「日本軍が強制的に女性を性奴隷化した」という司会者が指摘した事実を不動の大前提として、記者会見が進行することとなったことであろう。
この前提は会見する側としては看過できない錯誤を含むものである。

もし看過できなかったとして、前提が間違っていると主張をする時に、「捏造」という表現が必要とは思えないが。


なお、報道機関の記事では、朝鮮日報が比較的くわしい。
Chosun Online | 朝鮮日報

7日の口頭弁論で桜内議員は「吉見教授は、存在もしていなかった性奴隷についての主張を世界にまき散らし、日本と日本国民の名誉と尊厳を害しており、受け入れられない」という主張を繰り返した。日本の極右勢力は今回の裁判を、慰安婦の存在を否定するチャンスにするため、総力戦を展開する見込みだ。これに対し吉見教授の弁護団は「従軍慰安婦の存在が法廷で認められる、意味ある裁判になるだろう」と語った。吉見教授の弁護団には大林典子弁護士など7人が、桜内議員の弁護団には弁護士6人が参加した。7日の口頭弁論の傍聴人はおよそ100人に達した。

桜内議員側が表現だけ変えたり、形式だけ謝るよりは、結果として有意義な裁判になるかもしれない。