法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『おじゃる丸 スペシャル』わすれた森のヒナタ

ある夏の日、おじゃる丸たちは遠い山へピクニックに来ていた。楽しく遊んでいると、いつのまにかヒナタという少女がそばにいた。
記憶を失っているヒナタを家に帰してあげようと、おじゃる丸たちは冒険をはじめる。森の動物に助けてもらいながら、おじゃる丸たちが知った真実とは……


戦後70年を記念してアニメオリジナルで制作された、30分のスペシャル番組。初放映は8月14日だが、再放送で視聴した。
http://www9.nhk.or.jp/anime/ojaru/tokuban03/
大地丙太郎監督がコンテ演出を担当。脚本の神山修一は、GONZOサンライズで見る名前。両氏とも、子供向け作品を手がけた時でも社会派テーマを正面から描くことが多い。
映像は、普段のシンプルで元気がいいアニメーションと違って、何度か制作された中編のように情感を重視したつくり。引いた構図を多用して、流れる煙にくらべた人間のちっぽけさを印象に残す。
物語は、導入からは見えすいた展開の反戦作品かと思わせるし、事実として予想通りに進行していく。しかしそのように甘く見ていると意外な良さが生まれる、そういう作品になっていた。


同じ企画でつくられたらしい45分の『団地ともおスペシャルと見比べると、さまざまな意味で対照的だ。
『団地ともお スペシャル』〜夏休みの宿題は終わったのかよ?ともお〜 - 法華狼の日記
あくまで通常シリーズの延長としてつくった『団地ともお』。それに対して、新録した音楽をつかって背景のタッチも変え、いつもと違うことを表現する*1
大人や老人が歴史を語りたがって子供が疑問をぶつける『団地ともお』。それに対して、思い出したくない痛みと、知らなければならない痛みの両方が描かれる。
過去を否定する評価を、奮闘したことだけでも肯定する評価へ塗りかえた『団地ともお』。それに対して、起きてしまえばエンマ大王にすら戻せないこととして歴史を位置づける。
主人公の台詞で、過去を現在のいしずえにする『団地ともお』。それに対して、くりかえさないための道しるべとして、たいせつな記憶として、歴史を知ろうとする。
大地監督は、かつて原水爆禁止運動へ参加して*2、たもとをわかちながらも物語でうったえる道をつづけている*3。そのような監督らしい問題意識を感じた。


さらに良かったのが、ゴーストストーリーとしての技巧的な構成だ。
多くの物語を知っている視聴者ならば、ヒナタの正体が戦争被害者と予想できるだろう。事実そのように物語は進むわけだが、おじゃる丸やカズマは気づかないまま、封印したかった過去へと近づいていく。歴史を知っていれば、いずれ帰らなければならないとしても、少しは違う道があったのではないかと思わせる。
しかし思い出すのはヒナタだけではない。途中で出会った動物たちも、実は過去を忘れようとして姿を変えた兵器だったのだ。まず明らかな亡霊を中心に置き、その正体を明かす描写を遅らせることで、他にもいる可能性を気づかせない*4
無機物の擬人化という手法をつかうことで、望まず加害者にさせられた歴史も描くことができた。大地監督によると、最終的に削ってしまったものの、いつしか加害に心を痛めなくなる問題も描きたかったそうだ*5。そうして戦争を起こした者や殺戮をおこなった者がいたことも、この物語は逃げずに映しだした。

*1:西村ちなみ on Twitter: "今回のおじゃる丸SP、音楽も全て書き下ろし、新録です。 いつものおじゃる丸を見てる子達が雰囲気の違いに混乱しないように。背景もいつもとは違うタッチ。 まぁ、出ているキャラクターはおなじみメンバーですが(^^;; 山本はるきちさんの音楽も心にしみまくりです。 #おじゃる丸SP"主演声優がツイートしている。ただ、『団地ともお』が日常の断片として戦争の記憶を描いたまでは、手法としては好みだった。

*2:大地丙太郎 on Twitter: "8/6は広島に原爆が落とされた日です。8/9は長崎に。 俺は学生の頃、原水爆禁止運動をしていて、当時は特にこの日の活動を盛り上げた。 69行動と呼んでた。 今、このふたつの日を間違える若者が多いとか。無理もないかもしれないけど、覚えといて。 69行動。"

*3:大地丙太郎 on Twitter: "お前はどっちなんだとか言い寄られたりするわけ。 それがなんだか違うべと反発して。 俺は、漫画か映画でそれやるので、みんなと一緒にやるみたいな行動は今日でやめるわ、なんていって隊列をはなれたのです。"

*4:実際は気づく人が多いかもしれないが、私は完全に騙された。

*5:おじゃる丸 わすれた森のヒナタ | 日々は楽しい♪「カットしたエンマ大王に言わせたかったセリフがある。」「人は、生まれた時はみな無垢で純粋だというのに、一体いつから誰かを傷つけるコトが平気で出来るようになるのか…。」