法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『前橋ウィッチーズ』雑多な感想

 2025年4月から1クールで放送されたオリジナルTVアニメ。制作のサンライズが原作としてクレジットされ、若手ながらキャリアを積んだ山元隼一が監督、吉田恵里香がシリーズ構成という布陣。

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 全体として、東映のオリジナルTVアニメ『おジャ魔女どれみ』シリーズを連想する作品だった。魔法をつかう見習いの少女たちを主人公にして、現代的な課題に直面する子供たちを描いて、クライマックスで合体魔法をつかうが直接的な解決はしない番組フォーマットがよく似ている。


 作品自体は、まず第1話を見た時は、リアルな地方の日常を舞台としつつ魔法をつかう美少女キャラクターとその歌を売りにするコンテンツに、ここまで精度の高いアニメーションは過剰ではないかと思った。
 しかし何話も見るうちに、登場人物にふりかかる問題まで現代的にリアルで、魔法の歌による対応も応援くらいの効果しかなく完全な解決とはいえないことがわかり、ここまで絵のクオリティを維持しないと視聴する意欲を維持しづらいのだろうな、と思うようになった。
 とはいえ絵にたよらなければならないほど話に魅力がないというわけではない。大学入試の女性差別やプラスサイズモデルのような時事的な話題をもりこみ*1、前編で問題を深掘りして謎解きのように興味をひいて、後編で対応するための華やかなライブで一定のカタルシスをつくりだす。
 空虚ゆえに他者を後押しできる主人公をはじめ、メインの登場人物もすべてどこかに問題をかかえていて、その問題に向きあい解消はできずとも前に進めるようになるなかでキャラクターが立っていく。
 そのなかで、問題に直面していないセクシャルマイノリティ要素はさらりと流して、特異な存在として見せる必要はないのだと示したところも感心した。


 日本のアニメでは無視されがちな題材をとりこむことで作品が個性的になり、登場人物が直面する問題に生々しい切実さが生まれて、涼やかに対応を取捨選択する主人公の魅力もきわだつ。
 いくらでもゲストキャラクターのドラマを作りだせそうなところ、ほとんどの話数を主人公側のドラマで消化して1クールで終えたことは少し残念だが、序盤の"解決"の甘さを終盤にかけて問いなおし、オリジナル作品として1クールで過不足なく物語がまとまっていた。

*1:そのひとつにインターネット上の性加害もある。キャラクターを性的搾取させるように描くことの抵抗感が脚本家の講演で語られて、そのレポート記事がインターネットで批判的な話題になったが、そもそも明示的に望まないのに性的にあつかわれることで少女が傷つくことを描いた物語なのだ。 脚本家の吉田恵里香氏への「簡潔でクリティカルな批判」なるものは、性的表現を選ばないこともあるクリエイターの選択を否定するというだけの内容 - 法華狼の日記