少年アモンは「風の民」の末裔として、光の粒をあやつり飛行もできる、ふしぎな力を持っていた。その力を研究していた父とアモンだが、助手の手引きで独裁者ブラニックがやってくる。
ブラニックによる追跡劇の果て、ひとりになったアモン。やがて武器を捨てて暮らす「海の民」の村へたどりつき、少女マリアの世話になる。しかしそこにもブラニックの軍隊が近づいてきた。
C・W・ニコル原作のファンタジー小説を、ビィートレインが2000年にアニメ化した作品。スタッフは、大森一樹総監督に、篠原俊哉アニメーション監督、前田実キャラクターデザイン。あまり見ない布陣なのは、当時は珍しいエージェンシー製作だったためらしい。
『風を見た少年』
原作は未読なので印象論になるが、悪い意味で最近のラノベアニメのようだった。見せるべきエピソードをよりわけず、1時間37分の尺に物語の初めから終わりまで、説明的な描写を工夫なくならべただけ。まるで原作との異同が批判されることを恐れているかのように。
わかりやすく駄目なのが、「風の民」の伝説についてアモンへ教えた老熊ウルスの顛末。ブラニックの飛行船から逃げ出した直後、森でアモンを助け、設定説明すると別れる。後半で伝説の遺産をさがしにブラニックがやってくるが、洞窟に入ると壁画しかなく、怒って森を焼く。ブラニックが来てから焼くまで2分もかかっていない。
マリアも主人公の対になるようで、ほとんど活躍しない。ブラニックに子供たちと捕まった後は、中途半端に脱走しようとするだけで、物語の中心に戻らない。
設定が似ているので比べると、『天空の城ラピュタ』は主人公のバイタリティに必然性があったことや、無駄なエピソードが少ないことがわかる。
アモンは受け身で動いてばかりで、障害を乗りこえるたび物語の進行が止まる。そのアモンを動かすため、さまざまな地域をわたりあるく描写が必要になり、それが長くない尺を圧迫してしまう。設定説明は後回しにして、主人公がひとりで動かなくてはならないエピソードから導入するべきだった。ブラニックの飛行船から脱出する場面から始めると『天空の城ラピュタ』と変わらないので、過去を隠して海の民の村で生活している場面くらいから始めてはどうだったろう。
ブラニックが終盤でクーデターを起こす意味もよくわからない。アモンがかかわらないドラマが多すぎる。ブラニックと助手の男女関係や、アモンの父を裏切った助手の苦悶なども、面白くはあるが消化できないなら描くべきではない。ブラニックも性格を形成した過去がしっかり描かれるが、悪役にてっしたからこそキャラクターが立ったムスカと比べて、想像力を奪った感がある。
ただ、ひとつひとつのエピソードは掘りさげると面白そうではあり、原作では必然性があるのかもしれないとは感じた。意外とディープエコロジー賛美ではなく、人間関係もドライで説教臭さはない。
たとえば海の民は侵略されても無抵抗ということはなく、封印していた銃火器を使って戦う。マリアを助けてほしいとアモンがレジスタンスへ訴えると、何人かが異論をとなえてケンカがはじまり、何の助けにもならない。アモンとブラニックのたどりついた結末も、それ自体は印象深いものだった。少年と独裁者の孤独な物語として必要なエピソードだけ抽出すれば、ずっと良い作品としてまとまったろう。
あと、なかなか作画はよく動いている。いくつかあるカーチェイスの背景動画や、海の民を軍隊が攻めるメカ作画など、かなり力が入っていた。声優も、名前を優先した俳優ばかりなためか違和感もあったが、アモンを演じる安達祐実は達者なものだった。