法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『マルドゥック・スクランブル 圧縮』

持たざる少女バロットは、娼婦としてシェルという美男子の客となる。しかしシェルは、ある種の治療と実益をかねて娼婦と無理心中をはかっては、記憶を更新して自分だけ生まれ変わろうとする異常者だった。
全身を焼かれたバロットは生体兵器ウフコックと狂的科学者イースターに助けられ、人工皮膚をもつ超人へと生まれ変わる。そしてバロットは、シェルの悪事を追及する証人として、生きて戦う道を示される。


冲方丁マルドゥック・スクランブル』3部作の第1部を、2010年にGoHands制作でアニメ化した。監督は工藤進で、脚本は原作者自身。原作は初回版のみ既読。
マルドゥック・スクランブル 圧縮
映像ソフトで約70分の全長版を視聴。それでも文庫本1冊をよく収めたものだという。もともと原作者が脚本第1稿をあげた時はアニメにしやすく改変していたがが、原作から外れないようアニメスタッフ側からたのまれて、全体を少しずつ削る方針へ変えたという。
そこで細かな言動でどこを残すかで頭を悩ませたようだ。主人公が事件に巻きこまれる冒頭から、主人公の過去が明かされる裁判まで、かなり短縮している。都市については映像で見せるだけで説明はせず、SF的なガジェットも機能を説明するだけで技術の内実は暗示だけ。
おかげで説明台詞が気にかかることもなく、日本SF大賞作品だからとSFとして気負った雰囲気もない。かわりに人物の芝居に尺をとる余裕すら感じさせた。


映像作品としては期待通りに良かった。特に山田風太郎作品を思わせる敵集団との戦闘は、原作から全く逸脱していないのにアニメ独自の魅力があった。
原作において第1部の戦闘だけは、淡白な描写で終わったことに不満を感じていた。山田風太郎作品のように変態的な敵との頭脳戦になるかと思いきや、バロットの能力の圧倒ぶりと、初めて強者となったバロットの暴走を見せる踏み台というだけ。それが作戦は同じでも映像になると、個性的な風貌の敵をさまざまなビジュアルで破壊していくだけで、充分な見どころになる。
もちろん作画もいいので、銃撃戦からナイフ格闘までバラエティある戦闘が楽しめる。ただし、もともとGoHandsは可能なかぎり自社で制作する方針なので、TVアニメにおいても破格といっていい映像を誇ってきた。そのためこの作品も全体に見どころは多いが、いつもの少数精鋭スタッフで制作し、映画といっても普段からの飛躍が少ない印象もあった。動画もほとんど自社制作なので安定しているが、最近のアニメ映画としては描線が単調な太さ。
それより、ウフコックの金色を撮影効果で見せることをアップと違和感ないようにロングでも徹底するとか、敵のひとりが肉体に埋めこんだ目に実写素材を利用すると決めたら徹底するとか*1、映画らしく群衆は必ず動かすがひとりひとりの芝居を変えるような無理はしないとか*2、可能と判断した限界までつきつめることで全体がよく制御されていた。


アンバランスさが熱く重い魅力でもあった原作に対して、その重みに気負うことなく熱さをたもって映像化したといったところか。
それにしても、複数の少女に愛をささやきながら傷つける男に対して、奪われた少女が暴走しながら正しく愛を求める物語は、昨日に見たTVアニメのクライマックス*3を鏡にうつしたかのようだ。焼いた娼婦の遺灰をシェルが変えた宝石が「ブルー」ダイヤモンドなのも、そう考えると不思議な符合である。

*1:ブックレットによると、口パクに実写の唇を合成した海外アニメ『クラッチカーゴ』の気持ち悪さを参考にしたという。

*2:そこがスタジオジブリマッドハウスProduction I.Gが本気になった時とは違うところ。

*3:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20141207/1418051120