法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

河野談話についてノリミツ・オオニシ記者がデマを流したという池田信夫ブログのデマ

オオニシ記者はニューヨークタイムズで、東京支局長やサンフランシスコ支局長をつとめている。そして歴史学にもとづいて日本の戦争犯罪をとりあげた記事を書くたびに「また大西か」とインターネットで評されている。
どうやらオオニシ記者が書いているからデマで、デマだからオオニシ記者が書いているのだという循環論法の対象にされているらしい。


そんなオオニシ記者が先日に別件*1で注目を集めた結果として、池田信夫ブログの下記エントリが注目されている。
池田信夫 blog : ノリミツ・オオニシ記者はNYTの吉田清治*2
エントリが書かれたのは2014年09月20日。言及されている記事は、河野談話の根拠を否定する首相答弁をオオニシ記者が批判したものだ。

世界に大きな影響を与えたのは、「安倍首相の発言は元慰安婦の傷口を広げる」という2007年3月8日の1面トップの記事だ。
この「安倍首相の発言」とは、3月5日に参議院予算委員会で安倍首相が河野談話について「官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れて行くという強制性、狭義の強制性を裏付ける証言はなかった」とのべた答弁だ。これに対してオオニシ記者は、ヤン・ルーフ・オヘルンと呉秀妹と吉元玉という3人の元慰安婦の証言を根拠にして「安倍は嘘つきだ」と断定する。

実際に記事の証言紹介を読んでみたが、別にオオニシ記者でなくても、関連書へ目をとおせば誰でも書けるような内容にとどまっている。
しかしオヘルン証言で示されたスマラン事件について、池田氏は下記のように説明する。

・現地の将校が、自由意思の者だけ雇えという第16軍司令部の規制を無視して35人のオランダ人を拉致し、4ヶ所の慰安所に閉じ込めて強姦した。
・この犯罪行為をオランダ人が陸軍の小田島大佐に訴え、彼の勧告によって16軍司令部は、1944年4月末に慰安所を閉鎖した。
・強姦の容疑者12人は、BC級戦犯として軍事法廷で有罪判決を受けた(岡田少佐は死刑)。


他の2人は「だまされて慰安所に行った」といっているだけで、陸軍の組織的な犯行だという証拠はどこにもない。
これは軍紀違反の強姦事件であり、日本軍が責任を負うべき問題ではない。

軍紀違反であることは、組織が責任を負わなくていい充分条件などではない。犯罪を認識することが遅れたり、閉鎖だけして関係者を処罰しなかったのであれば、組織が責任を負うのは当然だろう。
そもそも「現地の将校」としか書かれていないが、実際の募集や慰安所の運営においては複数の軍人や軍属がかかわっており、とうてい個人の犯罪などとはいえない。


そして河野談話の位置づけについて、はっきり間違った説明を池田氏は書いている。

オオニシの記事が悪質なのは、安倍首相は河野談話、つまり朝鮮半島の出来事について答弁したのに、インドネシアの強姦事件を持ち出してそれを批判していることだ。

河野談話朝鮮半島に限定などしていない。いつまで掲載されるか心もとないが、外務省サイトから引用しよう。
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
まず第二段落で、広範な地域に慰安所があったこと、数多くの慰安婦がいたことを説明している。朝鮮半島に限定などしていない。

長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。

ちなみに河野談話と同日に発表された、より詳細な報告「いわゆる従軍慰安婦問題について」を読めば、出身地として「日本、朝鮮半島、中国、台湾、フィリピン、インドネシア及びオランダである」と明記されている*3
官憲の直接募集を言及しているのは、この第二段落においてだ。

慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。

その後の第三段落で、ようやく朝鮮半島を特筆した記述がされている。

戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

読んでのとおり、出身地として日本と朝鮮半島が大きな比重をしめていたと記述しているが、日本と朝鮮半島に限られているという記述ではない。
しかもここでは官憲の直接募集について記述していない。むしろ第二段落と比べることで、河野談話における官憲の直接募集が朝鮮半島以外を指していると示唆する内容だ。


さらにBC級戦犯の位置づけについても、池田氏は明らかに間違ったことを書いている。

インドネシアは戦地であり、強姦事件はいくらでもあっただろう。軍がそれを奨励していたのなら批判さるべきだが、軍は慰安所を閉鎖して関係者を処罰したのだ。

スマラン事件で関係者を処罰したのは連合軍による戦後の戦犯裁判であり、日本軍ではない。
2-6 スマラン事件で日本軍は責任者を罰した? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

事件が発覚してから、間もなくここの慰安所は閉鎖されました(1944年2月開設、約2ヵ月後に閉鎖)。しかし、注意とか譴責はあったかも知れませんが、厳重な処罰はなされていません。

その証拠に、管轄する部隊のトップは、南方軍幹部候補生隊隊長兼スマラン駐屯地司令官の能崎清次少将でしたが、彼は、事件の直後の6月に独立混成第56旅団長になり、1945年3月には中将に昇進しています。4月には第152師団長に就任して、内地に帰り、千葉県銚子附近で本土決戦に備えているのです。

このような明らかなデマを流しても、池田氏を信用する人間がいなくならないのが残念でならない。
それこそ「また池田か」という評価が定着しても良さそうなものだが。

*1:諸事情をかんがみて、詳細は省く。

*2:引用枠内はこのエントリから。リンクや太字強調は原文ママ

*3:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/pdfs/im_050804.pdf