法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

池田信夫の「慰安婦って何?」って何?

ツイッターで一定の注目を集めているようだが*1、これで慰安婦が何かとわかったつもりになった人は、それこそ小学生からやりなおすべきだ。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130520-00010000-agora-pol*2
しかし、ここまで明らかな嘘や詭弁でぬりかためた記事を書かれると、逆に良い意味で確信できることがひとつあった。資料を集めた歴史学者の努力や、証言者として名乗り出た元慰安婦の選択は、けっして無駄ではなかったのだと感じられたのだ。


それでは、細かく批判していこう。

大阪市の橋下市長の発言で「従軍慰安婦」が、また問題になっています。お母さんに「慰安婦って何?」ときいても「小学生には関係ないの」と教えてもらえないと思うので、こっそり教えてあげましょう。

この冒頭からして、盗人たけだけしいと感じざるをえない。
慰安婦問題を義務教育から排除しようとする動きがあり、それが一時期は多くの教科書から排除されることで実現しかけていたのは、慰安婦制度の問題性を否認する側の行動ではなかったか。



慰安婦について説明する段落でも明らかな嘘が書かれていて、逆に驚かされる。

慰安婦というのは、第2次大戦の戦地にいた「売春婦」のことです。これは今は法律で禁止されているので、くわしいことは説明しませんが、要するに男性からお金をもらってセックスする女性のことです。戦地では男ばかりなので、こういう商売をする「慰安所」ができました。売春は戦前は合法的なビジネスでしたが、危険なので軍が管理していました。

あたかも女性が主体的に商売を選んで「慰安所」という場が自然に生まれたかのような記述だが……現実には、日本軍の将校が中国大陸において慰安所を作ることを決めたことが判明している。
慰安所の設置 慰安婦とは 慰安婦問題とアジア女性基金
当時の文書資料からも慰安所開設を軍が求めていたことが確認されている。
慰安婦とは―軍内部の方針と観察 慰安婦問題とアジア女性基金
ちなみに当時の中国は売春が禁じられつつあった*3
それに、今では法律で禁止されていることを当時におこなっていたことに対して、「昔から禁止するべきではなかったのですか?」と小学生から質問されたら、どう答えるつもりだろう? 時間をさかのぼって法律でさばいてはならないという説明をしたとしても、悪いことを日本軍がしていたという感想を小学生が持ちつづけることを防げまい。


しかも、「慰安婦」について説明しているのはここまで。以降の文章は、すべて戦後の話であり、日本軍の弁護に終始する。つまり、この記事は慰安婦が何なのかと説明する文章ではなく、自らつけたタイトルからして嘘だったのだ。
もし小学生に慰安婦のことを知ってもらいたいというなら、たとえば水木しげる作品を紹介するべきだろう。
◆ 美しい壺日記 ◆ 「慰安所はまさに地獄の場所だった」…水木しげる
水木しげる『従軍慰安婦』でも描かれた数の暴力 - 法華狼の日記
一人の日本軍人が見た慰安所は、どのような光景だったのか。「合法的なビジネス」とだけ説明して、問題視されていった戦後史ばかりに文字数をさく池田信夫氏より、はるかに克明に「慰安婦」そのものの姿を描いている。

当時は「従軍慰安婦」という仕事はなく、1970年代までは誰も知らない言葉でした。

「誰も知らない言葉」が慰安婦を指しているとしたら、真っ赤な嘘だ。
また、千田夏光従軍慰安婦』が出版されたのは1973年のこと。その著作に基づいた石井輝男脚本の映画も1974年に公開されている*4。「従軍慰安婦」という言葉も1970年代の時点で広く知られていた。

ところが1983年に「私が朝鮮から奴隷狩りして慰安婦にした」という吉田清治という元兵士があらわれ、本まで書いたため、騒ぎが始まりました。この本はのちに吉田が「フィクションだ」と認めたのですが、これをきっかけに慰安婦の人々が日本に対する賠償を求めるようになりました。

1983年の著作を発端と考えると、朝鮮半島の元慰安婦が実名で名乗り出たのが1990年代初頭であったことが説明できなくなるのではないだろうか。小学生にとって、10年の月日は永遠のように感じられるものだし……などと思っていたら……

慰安婦は給料を軍票という軍の中でしか使えないお金でもらっていたため、敗戦と同時に紙切れになってしまったのです。それを賠償しろというのが最初の訴訟だったのですが、朝日新聞がこれを吉田清治の話と混同して「日本軍が慰安婦を強制連行した」という記事を書いたため、大騒ぎになりました。

「奴隷狩り」と「賠償」の要求内容が関係ないじゃん! 吉田清治著作と元慰安婦の賠償請求に強い関連がないことを自白している自覚がないの?
もし知識をもたない人がこの説明を読んで信じたならば、その人の思考力に問題があるのではなかろうか。

慰安婦の中には人身売買(親の借金の代わりに娘を売る)で戦地に連れて行かれた人もいますが、買ったのは民間業者で、軍がひっぱっていったわけではありません。

「あれれー? スマラン事件はー?」という質問にすら答えられない記述で、慰安婦の何を説明できるつもりなのだろうか。
慰安婦にされた女性たち-オランダ 慰安婦問題とアジア女性基金
それに、最初に軍が「管理」していたといっていたけど、問題を見逃していた管理者は責任を負うよね?

ところが韓国政府の抗議に対して、河野洋平官房長官河野太郎さんのお父さん)が「日本政府に責任がある」ともとれる河野談話を出したため、韓国政府が「責任があるなら賠償しろ」と要求して、いまだにもめ続けているのです。

河野洋平官房長官個人の決断力もあったが、もちろん官房長官名義の談話が個人の判断のみで出されるはずがない。当時の内閣の公式見解であり、外務省の公式見解でもあった。たとえば、ほぼ同内容の「いわゆる従軍慰安婦問題について」という見解は、内閣官房内閣外政審議室名義で出されている*5
そもそも、ここまでの説明で「日本政府に責任がある」という見解をまったく否定できていない。そもそも河野談話がどのような責任を認めたとれるか、全く説明していないからだ*6

でも大人の世界では、ケンカの相手は日本人だけではないし、やさしい人ばかりでもありません。ほんとに悪いときはあやまらないといけませんが、河野洋平さんのように悪くないのにあやまると、かえってケンカがこじれることもあります。

この段落にいたっても、やはり河野談話の内容を説明する部分はいっさいない*7。悪くないのに謝ったという池田氏の説明を信じることができるのは、日本軍は悪くないとか、河野談話が間違っているとかいった先入観を持っている「大人」だけではなかろうか。
それに現実の「世界」では、日本が諸外国から批判された時、河野談話を継承していると回答して批判をかわす、最後の逃げ道として活用されている。

よい子のみなさんは、自分が正しいときは「正しい」と主張できる大人になってください。

無根拠な批判にもめげず、今も正しさを主張してゆるがない河野元官房長官はOTONAだね!


ふと、「子供だましにだまされるのは大人だけ」という言葉を思い出す。池田信夫氏は小学生をバカにしすぎである。

*1:http://topsy.com/agora-web.jp/archives/1536775.html

*2:以下、断りなき引用文は、全てこの記事から。

*3:吉見義明『従軍慰安婦』15頁。

*4:http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=20028

*5:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/pdfs/im_050804.pdf

*6:アゴラの元記事も外務省サイトに掲載された河野談話にリンクしているだけ。http://agora-web.jp/archives/1536775.html

*7:途中で本多勝一著作から民族性の見解を長々と引きつつも、せいぜい日本人が謝罪しがちだという話にしかなっておらず、日本人による謝罪が不必要という根拠にならないのは、何の冗談か。