法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「事実」と「資料」と「証拠」の区別ができない日本中世史研究家がいた

従軍慰安婦が学術的には奴隷とみなされることについて、日本中世史の専門家がよくわからない反応をしていた。 - 法華狼の日記で言及した呉座勇一氏*1が下記のようなツイートをしていた。

そこでアジア女性基金サイトから該当するだろう記述を引く。河野談話にかかわった石原信雄官房副長官から2006年に聞きとったインタビューだ。
慰安婦問題が明らかになるまで 慰安婦問題とアジア女性基金

だまされた人、普通の女子労働者で募集があって行ったところが慰安所に連れて行かれたという人、それからいやだったんだが、朝鮮総督府の巡査が来て、どうしても何人か出してくれと割り当てがあったというので、そういう脅しというか、圧力があって、断れなかったというような人がいた。

私どもは通達とか指令とかという文書的なもの、強制性を立証するような物的証拠は結局見つけられなかったのですが、実際に慰安婦とされた人たち16人のヒヤリングの結果は、どう考えても、これは作り話じゃない、本人がその意に反して慰安婦にされたことは間違いないということになりましたので、そういうことを念頭において、あの「河野談話」になったわけです。そこのところは結局調査団の報告をベースにして政府として強制性があったと認定したわけです。

たしかに「文書」「物的証拠」が見つからなかったとはある。しかし、意に反して慰安婦にされたことは「どう考えても」「間違いない」とも語っている。


石原インタビューにおいて、「強制性」と認めた問題が「動員レベルでの軍関与」に限定されていないことも重要だろう。
呉座氏とツイッターでやりとりしている[twitter:@syakekan]氏は下記のようにツイートしているが*2、争点を理解できていないようだ。

石原インタビューは「強制性」という言葉をつかっているが、もともと労働者の動員をさしていた「強制連行」は詐欺的な募集をふくんでいた。同時代からそれを「拉致同様」と評価する史料もあり、現在でも歴史学的にはそうあつかわれている。
4-7 朝鮮人強制連行はなかったか? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

1944年6月に朝鮮を視察した本国政府の役人は「動員の実情」について「全く拉致同様な状態である。/其れは事前に於て之を知らせば皆逃亡するからである、そこで夜襲、誘出、其の他各種の方策を講じて人質的略奪拉致の事例が多くなる」ことを伝えていました(小暮泰用より内務省管理局長宛「復命書」、1944年7月31日)。

朝鮮半島における直接的な日本軍の募集を印象づけたとされる吉田清治証言も、著作を読むと日本軍の関与を必要条件とはしていなかった。
吉田清治『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』を読む - 法華狼の日記

民間人が騙して募集することを「強制連行」にふくめ、それが官斡旋より多かったことも明記している。


なお、争点となっている木村幹氏の記事で見つからなかったとしているのは、「事実」ではなく「証拠」や「史料」だ。
慰安婦問題は「とりあえず謝っておけばどうにかなるだろう」から始まった----従軍慰安婦と河野談話をめぐるABC | ハフポスト

本当に厄介なのはここからだった。なぜなら肝心の「国の(法的)責任」を認める証拠が見つからなかったのみならず、そもそもこの時点では「慰安婦問題を巡る国の(法的)責任」が何であるかさえ明確ではなかったからである。 

河野談話はどこで「連合国の戦後処理」を含む問題へとすり替わったのか――従軍慰安婦と河野談話をめぐるABC | ハフポスト

1992年7月6日、127件の日本「政府の関与」を示す史料が発見された、との調査結果を公表する。とはいえ厄介だったのは、この時発表された史料の中に、当時の日韓両国世論が最も大きな関心を寄せていた問題、

すなわち、慰安婦の動員過程における日本政府の直接的関与を含む史料は含まれていなかった。

よく読むと「日本軍」と「日本政府」という微妙な違いもある。
もちろん「史料」がないことは「事実」でなかったことを意味しないし、「史料」だけが「証拠」になりうるわけでもない。2006年の石原インタビューを読むかぎりでは、談話を出せる証拠としては充分だったようだ*3

*1:ツイッターアカウントは[twitter:@goza_u1]。

*2:このツイート自体はリツイートしていないが、否定もせず、直後のこちらを呉座氏はリツイートしている。ラフレシア (@syakekan) | Twitter

*3:ただし2014年の河野談話検証報告によると、別個に集めた情報で談話の方向性はかたまっており、それゆえヒアリングの裏づけ調査をおこなわなかったそうである。従軍慰安婦証言を否定しても河野談話をゆるがすことはできないことが、検証報告書で明らかにされた - 法華狼の日記