法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「慰安婦報道の病巣と朝日再生」というダイヤモンド・オンライン記事の、不正確な事実認識について。

池田園子氏*1による記事を読んだところ、いくつか引っかかる記述があった。
朝日新聞は許されるべきか、許されるべきでないか 新聞記者たちが論じる慰安婦報道の病巣と朝日再生 | News&Analysis | ダイヤモンド・オンライン*2
まず、「15年間「吉田証言」を報道し続けた罪」という見出しで「従軍慰安婦報道問題の経緯を整理」するというのだが、いきなり表現がおかしい。

朝日新聞は吉田氏に関する記事を16回にわたって掲載した。1992年には他紙や週刊誌などから、吉田証言の信ぴょう性を疑う報道が相次いだものの、朝日新聞は意に介さぬスタンスで報道を続けてきた。

 状況が一変したのは1997年。特集記事執筆にあたり、同社の記者が吉田氏に面会を依頼すると拒まれ、「創作ではないか」とする報道があることを指摘すると、「実体験をそのまま書いた」と主張されたという。その後、朝日新聞側は済州島で取材を行い、吉田証言の裏付けは得られなかったが、紙面には「真偽は確認できない」と表記するにとどまった。

1997年に事実上の撤回をおこなったことをふまえているのは比較的に良い*3
しかし朝日新聞吉田清治証言を肯定的に掲載したのは1992年が最後だ。信憑性を疑う報道を初期に出した産経新聞の、最後に出した肯定記事よりも、報じることを早くやめていた。
それを「意に介さぬスタンスで報道を続けてきた」と記述するのは、誤認をまねくだろう。正確には「他メディアと同じスタンスで報道を撤回しなかった」くらいの表現にするべきだ。

 とりわけ、誤った歴史認識を世界に拡散させた同紙の罪は、決して小さいとは言えないだろう。1990年代以降、朝日報道の影響を受け、慰安婦問題は日韓の外交問題にまで発展している。

初報が1982年ならば、1990年代に外交問題へ発展した理由は吉田証言記事以外にあったと考えるべきだろう。しかも朝日新聞だけが報じたわけではない以上、朝日新聞の罪のみを指摘するなら別個の理屈が必要だ。
それに「誤った歴史認識」とは何か、つづく文章を読むと池田氏こそ理解していないことがわかる。

1993年に発表されたいわゆる「河野談話」は、日本が慰安婦問題における「強制性」を認めたと、全世界に受け止められた。
 また、1996年に国連人権委員会に報告されたクマラスワミ報告(「女性への暴力特別報告」に関する10本の報告書)では、慰安婦が「性奴隷制」と指摘され、日本政府に謝罪や賠償が勧告されている。

まず、そもそも河野談話は吉田証言に依拠していない。強制性は慰安所における強制売春を指しているし、吉田証言に類する強制募集の根拠はスマラン事件だ。
クマラスワミ報告書には、たしかに吉田証言が記載されているし、従軍慰安婦を性奴隷と位置づけている。しかし前者は歴史学者から批判があることも明記され、後者の根拠は前者と関連していない。
クマラスワミ報告書と吉田清治証言と性奴隷認定の関係をめぐるデマ - 法華狼の日記


さらに、池田氏は3人の匿名記者に感想を聞いているのだが、その他人事のような内容には驚かされる。

1人目は、全国紙記者のAさん(30代女性)だ。Aさんは「決して他人事とは思えない話」と不安な気持ちを露わにする。

「取材対象者の発言を信じて記事にしたものの、その発言内容が誤りだったというのは、報道機関において100%起こらないとは言えないミスです。当然裏を取ったり、複数の関係筋に同じ話を聞いたりすべきですが、本件のような“特ダネ”になればなるほど、関係者が少なくなるのは事実。

 万一外部に情報が漏れては困るため、社内でも必要最小限のメンバーにしか情報が明かされません。そのため、固有名詞レベルでのチェックはできても、何重ものチェック機能や校閲機能が働かない場合もあります」(全国紙記者Aさん)

 自社でも起こり得る話だと前置きした上で、他方面から厳しい批判が寄せられていることについては、戸惑いを感じるという。

はたして、どこの全国紙記者なのだろうか。少なくとも産経、読売、毎日といった残りの四大新聞も全て吉田証言を肯定的に報じたことがある。
「他人事とは思えない」といいながら、「起こり得る話」などと可能性としてしか考えていない事実認識の甘さが、逆説的に朝日新聞のみが自紙の「誤報」を対外的に堂々と公表した証拠といえるだろう。
そもそも朝日初報は、すでに書籍を出していた人物がおこなっていた講演内容をつたえたものにすぎず、いわゆる「特ダネ」にはあたらないだろう。

2人目は元地方紙記者のBさん(30代男性)。Aさんと同じく、新聞社において「訂正記事は出さないことが前提」だと語る。

朝日新聞で優先的に掲載されるテーマは、『人権』に関するもの。もともとは右翼系だったのが、次第に左翼系へと転向していったのが朝日新聞です。しかし、右翼・左翼というのは昔の話。今現場にいる若い記者の中には、それほど極端な思想を持った人はいないように感じます」(Bさん)

もともと右翼系だったとは、いったいいつの時代のことだろうか。生活保守なブルジョア新聞という評価なら、過去から現在まで一貫して変わっていない。
それとも戦時中に翼賛報道をおこなっていたことだろうか。しかし政治や商業の圧力に屈するか廃刊するかの二択をせまられた時代において、朝日新聞が体制翼賛した時期は比較的に遅い。

元全国紙記者Cさん(60代男性)も、Bさんと同様にチェック機能の不備を指摘する。

「記者であればまずは現地へ赴き、内容の真偽を確認するのが普通です。また、記者がスクープを取ってくれば、デスクが裏をとったかをチェックするのは当たり前。誤報は絶対に許されませんから、デスクだけではなく副編集長、編集長までチェック機能が働いているはずです。それにもかかわらず、ああいった誤報を出してしまうのは、意図的な御注進ジャーナリズムの体質が働いているからでしょう」(Cさん)

 御注進ジャーナリズムとは、中国、韓国に立った視点で日本を見て、両国から反発が起こると予想できる内容を大袈裟に報じ、さらに彼らの反応を大々的に報じて、騒ぎを大きくする手法を指す。中立公平な視点に立つのではなく、あえて意図的な書き方を行うのだ。

朝日新聞のライバル紙」につとめていたというC記者の発言を引用するならばともかく、「御注進ジャーナリズム」が実在するかのように記述する池田氏の「中立公平」ぶりは目を疑う。
何にしてもC記者の主張が正しいならば、その誤報を出した四大新聞は全て「御注進ジャーナリズム」とやらになってしまう。


記事の最後に、池田氏は下記のように提言している。

9月12日、朝日新聞慰安婦報道について次のように伝えている。ここに示した内容を真摯に実行するべきだろう。

慰安婦報道については、PRCとは別に社外の弁護士や歴史学者、ジャーナリストら有識者に依頼して第三者委員会を新たに立ち上げ、寄せられた疑問の声をもとに、過去の記事の作成や訂正にいたる経緯、今回の特集紙面の妥当性、そして朝日新聞慰安婦報道が日韓関係をはじめ国際社会に与えた影響などについて、徹底して検証して頂きます。こちらもすみやかな検証をお願いし、その結果は紙面でお知らせします」

ならば隗から始めるように、池田氏自身が、そしてダイヤモンド社が、「誤った歴史認識」を検証する第三者委員会をたちあげるべきではないのか。
少なくとも、1992年が最後の肯定記事であること、無関係な河野談話や性奴隷認識をも「誤った歴史認識」と表現したことについては、池田氏からの釈明を聞きたいところだ。

*1:ツイッターアカウントは[twitter:@sonoko0511]。

*2:同一記事がページ分割されているが、冒頭ページにだけリンクする。

*3:ダイヤモンド・オンラインで先行して出た森達也記事で、「証言の真偽は確認できないと書いた97年以降、朝日も吉田証言を肯定するような記事は掲載していないはずです」という台詞があった。それをふまえた結果なのかもしれない。傍証として森達也記事には1992年が最後の肯定記事という説明がなく、それが池田氏の誤認を生んだのかもしれない。http://diamond.jp/articles/-/59900