法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『南極点のピアピア動画』野尻抱介著

ニコニコ動画」を模した動画投稿サイト「ピアピア動画」で技術がつながり、「初音ミク」を模した仮想アイドル「小隅レイ」で人心がつながっていく。そんな近未来の楽天的な未来像を描いたSF連作短編集。
2007年から2012年にかけて発表した三作品に書き下ろし一作品を加えたもので、ニコニコ動画ボーカロイドが盛り上がっていった熱をなぞるように、大勢の思いつきが「とんとん拍子」*1に大きな結果をもたらしていく。


全体として、短編にしても起伏に欠ける感はあった。
特に冒頭の表題作と三番目の「歌う潜水艦とピアピア動画」は、もともと主人公が宇宙開発や海洋調査にかかわっており、計画遂行においてボーカロイドが人心を集約する役割は小さい。それでいて誰も彼も心酔している展開が御都合主義すぎる。
もちろんボーカロイドの様々な特性がかかわってくる場面もあるのだが、思い入れのない読者としては、存在しなくても話は成り立っただろうと思える。作中でも『電車男』の存在が言及されており、つまりは他のインターネットサービスやTVメディアが媒体であっても描ける物語なのだ。
二作品とも星雲章を受賞しているわけだが、あくまで投票した読者層と作者の嗜好や日常が重なっていただけ、という気がする。ちょっとした異常事態を足がかりとして人間が技術的な飛躍をはたす冒険SFとしては、それなりに楽しめたのだが。


良かったのは二番目の「コンビニエンスなピアピア動画」で、いかにも一般人参加の投稿サイトらしい身近な舞台から、ボーカロイドらしい音にまつわる出来事を拾って、壮大なスケールの未来像へと繋がる。
ここまで飛躍が大きければ、ホラ話として充分に楽しめる。主人公がピアピア動画になじみのない設定なところも、感覚的についていきやすかった。


あまりに手放しで肯定しにくいのが、最後の「星間文明とピアピア動画」。ちょっとしたサスペンス性を盛り込みつつも、社会にボーカロイドが浸透していく様子をSFならではの物語で描く。
一番目から三番目までに登場した要素がひとつにまとまっていく物語の楽しみはあった。ボーカロイドを全肯定する側の視点で理想的に物事が進む、そういう基本構造も許せる。
しかし、多様性を企業が後押しするために後戻りできない選択を決めるところや、インターネット上で強いだけの意見を基本的に肯定的にあつかっているところが、現状と乖離しすぎていて違和感があった。ニコニコ動画をはじめとしたSNSサービスでデマが拡散していく様子を見聞きしてきた一人として、作者と見ている風景が違いすぎると思わざるをえない。
それに現在進行形の言葉をとりこみすぎていて、ところどころで生臭さがただよってくる。性格が軽い司会者の、人知を超えた状況に感嘆した台詞とはいえ、「民主政治を再発見」「これはもしかすると、一般意志2.0」「ネットを使った直接民主制*2と口走ってしまったことには、さすがに明確な留意がほしい。その人物が現実に運営しているサイトを思うと*3、皮肉な予言とすら感じてしまう。
救いは、人間社会が変化しないように、SF設定的に明確な一線を引いていること。それがあるから、作品全体としては人間側の狂騒を一歩引いた視点で見つめている雰囲気も生まれている。


あと、2ちゃんねるtwitterfacebookが便利な存在として登場するのに、作者も最近までブログを書いていたはてなサービスが登場しない。
文化知識を収集するため便利なSNSサービスなら言及してしかるべき。登場させられないなら、アカウントを取ろうとしたが犬の写真が出てきて繋がらなかった*4、といった描写ひとつあれば、はてなユーザーにも広く納得させられただろう。

*1:そういう表現が作中に登場するところから、作者が自覚的なことはわかる。

*2:270頁。

*3:http://zzhh.jp/

*4:作中の描写から判断して、その場面で取得失敗すればあきらめる可能性が高い。