法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『サマータイムマシン・ブルース』

本広克行監督によるドタバタ時間SF演劇の映画化。本広作品には珍しく、映画批評家からの評価が高い一本。観ると、なるほど面白い。
映画作品のパロディも抑え気味。なおかつSFは先行作品を意識しつつ超えることを要請されるジャンルであるため、普通の映画よりは多いパロディでもうるさくない。
演劇を原作としているためか、登場人物は少なく物語の舞台は狭い。しかし、それが複雑な時間移動をわかりやすく映像で見せることにつながっている。何より、誰の目にも止まらない田舎町でSF的な騒動が起こる絵面が面白い。


時間移動SFとしても完璧に近い。原作の手柄だとしても、要点をとりこぼさずに映画化したのだろうと思わせる。
SF的な独自理論こそ描かれないが、もし時間のみを移動できる装置があったらという設定ひとつで、作中で引っかかる描写を全て説明しきった。作中でも検証されているとおり、時間移動のつじつまも完璧で、時間の流れを変えてはならないという約束事を守りきる。直接的には時間移動と関係ないように見えた河童像も、SFらしい真相を説得力ある映像で見せた。タイムマシンの誕生も、きちんと物語の流れで示唆される。
それでいて時間移動SFにくわしい観客にとっても、個別の伏線には見当がつくものの、その展開は予想外の方向へ転がっていくだろう。何しろ騒動を起こす学生達が、SF研究会に所属していながら、時間移動についての約束事を全く理解せず気ままに動くのだ。結果として、約束事を何とか理解できた主人公だけが、時間の流れを正常に戻すため奮闘するはめになる。その場限りの受けをねらった演技ではなく、物語の迷走と演出の呼吸が笑いを生む。
きちんとSFをわかっている作者が、SFとして舞台を整えながら、SFを無視する者達を描く。連想したのが、本格ミステリらしい制約とモチーフをちりばめた世界で、主人公以外が本格ミステリの約束事を無視し続ける小説『インシテミル』だ。どちらもジャンル作品として完成されつつ、ジャンルに対する批評的な側面も持っている。


物語の結末は、物語の流れを受けた上で、ひとつ踏みこんだ結論へいたる。SFの世界観を主人公が理解した上で、それにあらがおうと前向きな姿を見せる。
時間の流れを変えてはいけないという約束事を、時間の流れは変えられないという運命論へいったん読みかえる。しかし約束事にしたがった上で自分の望みを変えようと、少年らしい願望から運命論へあらがおうとする。
未来の様子がわかった上でなお、望みがかなえられるかどうかはわからない。未来が不明瞭であるために、かなう保証が少ないと知りつつ決意する主人公の小さな成長がきわだった。