法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『さくら荘のペットな彼女』と公式サイト各話スタッフ欄問題

『さくら荘のペットな彼女』サムゲタン選択的批判という問題 - 法華狼の日記
上記のような騒動が起きた第6話では、監督も連名で絵コンテにクレジットされていた。つまり、一部のスタッフが作品全体の意図を無視して描写をねじこんだ可能性は低いと、最初から明らかだったわけだ。


しかし公式サイトの各話スタッフ欄に監督の名前がないことから、陰謀論をたくましくしている人々がいる。
Wikipediaでも、わざわざ『さくら荘のペットな彼女』の各話リストで1人だけ公式サイトとの違いを注記されている。
wikipedia:さくら荘のペットな彼女

9.^ TV放映時のスタッフロールには記載されているが、公式サイトの6話スタッフ一覧には不記載。

この陰謀論は、キャプチャ画像をふくむ下記の書き込みが2ちゃんねるの各所にコピペされ、さまざまなまとめサイトに掲載されたことが発端のようだ。
http://www.tokuteishimasuta.com/archives/6748745.html

616:名無しさん@13周年:2012/11/17(土) 18:29:24.72 id:edXCKb2W0

6話の演出と絵コンテは鈴木といしづかあつこだったのに
なぜかいしづかの名前だけ消えてる

まとめブログが編集した他の書き込みや、コメント欄でも同意する意見がならんでいる。


しかし、これははっきりデマといえる。公式サイトで細かいスタッフが省略されることは珍しくない。
たとえば、東映アニメーション作品では1話ごとに演出1人が多くの仕事をこなすという背景があるためか、演出のみがクレジットされる体裁で公式サイトが作られている。具体的には『聖闘士星矢Ω』の各話スタッフ欄を見てのとおり、絵コンテ担当者が表記されない。作画監督が複数いる場合も、1人しか表記されない。
聖闘士星矢Ω-セイントセイヤオメガ- 公式サイト 東映アニメーション
このような省略は、『さくら荘のペットな彼女』のアニメ公式サイトでも同じだ。第2話からして、作画監督欄で2人が省略されている。
ストーリー - Episode|『さくら荘のペットな彼女』アニメ公式サイト

脚本:岡田麿里 絵コンテ:鈴木 薫 演出:鈴木 薫
総作画監督:冨岡 寛 作画監督:冨岡 寛/戸田 麻衣

第3話では、5人いる作画監督が全て省略されている。
ストーリー - Episode|『さくら荘のペットな彼女』アニメ公式サイト

脚本:鴨志田 一 絵コンテ:神戸 守 演出:高島 大輔 総作画監督:藤井 昌宏

以降も、第4話では3人いる作画監督が1人だけ表記されたり、第7話では作画監督全員と演出が略されたりしている。多くのスタッフが参加している場合、何人かのスタッフが省略される傾向が見てとれる。
第8話にいたっては、いしづかあつこ監督とともに絵コンテを手がけているスタッフが、EDクレジットでは宮浦栗生だったのに、公式サイトでは下田正美に変わっている。これこそ正しい情報掲載が公式サイトに求められる事例だ*1
そもそも、最初に紹介した2ちゃんねるの書き込みも、「1話〜5話は放送されたスタッフロールそのまま・・・ 」といいながら、キャプチャ画像を見ると、やはり作画監督が省略されていた。

つまり公式サイトが過去にさかのぼって改変されたわけではない。第6話の変化にしか気づかない心理の問題というべきだろう。


もっとも、全く問題がないといいたいわけでもない。公式サイトに細かいスタッフが表記されないことは、個々人の仕事が評価されていないという、普遍的な問題とはいえる。
実際、ビデオ収録や再放送においてEDクレジットの各話スタッフが省略される問題は、映像関係の労働組合から提議されている。
テレビ朝日「スティッチ」の謎 制作スタッフ・キャストのテロップが徐々に消えていったのはなぜ? : ネット版 アニメレポート -Anime Report-

アニメーションのテレビシリーズ等におけるテロップの問題は、昨年のこの「テレビ朝日・スティッチ」問題から、徐々に組合内で話題になっていきました。
参加スタッフのテロップは放送するようにと、十数年前から要望書には記載されていますが、今回は特に、各局に対し、さらなる注意と配慮(該当局には調査と改善)を申し入れました。

公式サイトの表記に対しても、同様の批判がなされてもおかしくはない。


ちなみにWikipediaは、他にも原作からの改変を「サムゲタン」しか例示していないという問題がある。よく見れば、脚注でいくつかの改変点も指摘されていることから、逆に本文でここだけ例示した編集者の意図が浮かび上がる。

原作の中で「シンプルなお粥」としか書かれていない料理が、アニメ版で同シーンにあたる6話において韓国料理のサムゲタンに入れ替わった。唐突に韓国料理が登場したことに対して、一部のファンからはこの改変はアニメ製作側に韓国文化を広めようとする意向があったのではないかと見なされ、ネット上で批判が相次いだりテレビ局への非難が殺到したりするなどの騒動に発展した[11][12]。この改変の理由について、(この作品を手掛けた制作会社とは別の)アニメ制作会社の人間は、「活字上ではお粥をおいしそうに描けても、アニメでは白いお粥はシンプルすぎておいしそうに描くのは至難の業」、かつ「映像表現としての『翻訳』は制作サイドの矜持」だからとの見解をツイッター上で示している[12][13][14]。また同人物は、ステルスマーケティングの可能性について、「実際の販促アニメはもっと上手く効果的にやります」として具体性のないあり得ない事象と一蹴している[13]。なお、さくら荘製作委員会の所属するメディアファクトリーの広報担当は、「制作意図についてはお応えできない」、アニマックスは「韓国推しの意図は一切ございません」としている[13]。またサムゲタンを含むオタネニンジンが入っているものは、風邪などで熱がある時に食するのは動悸を誘発するためタブーとされている[15]。

さて、ここで「アニメ制作会社の人間」とだけ表記されているが、これは制作デスクによる意見だ。騒動の初期に注目を集めたツイートながら、その立場について考慮しない評価が目立つ。
そもそも制作デスクは、アニメ制作において作品の主題や表現を考える立場ではない。位置づけや名称は会社によって少しずつ異なるが、基本的には制作進行という各話を管理する職の上に立って、全体のスケジュールやリソースを管理する役職だ。
制作デスクの仕事 | P.A.WORKS Blog

話数単位でスケジュールを管理しているのは制作進行です。

彼らは作画、仕上げ、撮影でも、どのタイミングまでにどれだけの物量を動かすかを管理しています。

制作デスクは毎朝この各話の物流を把握することから始まります。

P.A.では各話の進捗状況は規定のフォーマットに入力され、サーバー上で管理されているので、誰でも閲覧できるようになっています。

デスクは各話ごとに物流シミュレーションとズレている箇所を指摘して担当と話をします。

つまり制作リソースの方面から原作改変意図について考察したのは、いかにも制作デスクらしい発想なのだ。制作デスクは物語上の意味から改変させる立場ではないが、制作リソースを抑える改変を歓迎する*2立場ではある。他のTVアニメにおいてさまざまなお粥が描かれてきたという主張は、制作リソースを考慮した意見に対しては異なる次元の話であり、反論にはならない。


いずれにせよ、作品そのものを評価するだけなら、スタッフを注目する必要は必ずしもない。どのような巨匠が手がけた作品であれ、つまらないと思えば素直に感想をのべる自由が人間にはある。
しかし、発表した感想もまた、他者の評価にさらされるものだ。せっかくスタッフの存在に注意をはらったなら、陰謀論をたくましくするための素材として恣意的に利用してほしくはない。より広い視野をもって、虚心坦懐に情報と向きあってほしいものだ。

*1:もっとも、そもそも宮浦栗生は過去の作品履歴から見て変名の可能性が高い演出家だった。騒動の影でひっそり正体がばれた事例と解釈するべきかもしれない。つまり、スタッフの仕事を追いかけるため変名の正体を知りたがるファンには、ひそかに歓迎される事態といえる。

*2:改変するよう口出しはしないにしても、そうした節約を重視する演出家へ仕事を回せる。