法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『けものフレンズ』の降板騒動は、商業的に相応の批判が監督に向けられるほど、クリエイター神話が強化される構図が珍しい気はする

「元アニメ版権営業」を名乗る匿名記事が、先日の監督降板の件*1を知識がある外部からの推測として書かれていた。
『けもフレ』騒動を、元アニメ版権営業が丁寧に解説する(1)
あくまで製作委員会側のポジショントークと理解して、具体的な体験を出せない匿名記事と考慮すれば、これはこれで興味深い文章ではある。
ただ、最大の問題と推測されている部分を読むと、視聴者側の受容を見誤っているとしか思えない表現を使っている。

これで12.1話は、「たつき氏が製作委員会に許可をとらず、勝手に作った」制作物なのだと分かる。

ところがファン側には当然知識がないので、こうした制作物を「公式が出した物」だと思って視聴する。

ここでの「公式」とは、メディアミックス企画でひとつのメディア作品を担当したスタッフを指すか、それとも製作委員会における正式な手続きをとおしたという意味か。


問題の後日談12.1話は、公式の映像スタッフがクレジットされ、特典映像として成立しそうな質がありつつも、4月5日に公開された当初から非公式と明言されていた*2
けものフレンズ 12.1話「ばすてき」 - ニコニコ動画

※趣味の自主制作なので「新作映像」とは別です!

12.1話はニコニコ動画で一般公開されつづけ、広告すら表示されない。ポケットマネーで作られたという情報も監督のツイートから語られ、商業を度外視したサービスとして受け止められた。

TVアニメ終了直後という疲労困憊なはずの状況で、商品にできそうな作品を危険をおかして無料サービスしたからこそ、監督個人に賞賛が集中したといえる。
これが映画『スカイライン-征服-』のように、別作品の素材を流用して低予算で商業作品をつくった疑惑だったなら*3、訴訟に発展することもあるし、観客も一方に味方することはないだろう。
宇宙戦艦ヤマト』のように制作された作品そのものの著作権が争われたり、『キャンディ・キャンディ』のように脚本と作画のどちらが作者かを争われたなら、また印象は違っただろう。
ゆえに12.1話も有料の同人誌だったりすれば、また違った反応もあったかもしれない*4


ここで12.1話のはてなブックマークを見ると、複数のコメントで「公式」という表現がされていて、なるほど製作委員会などからは問題視されかねない。しかし「趣味」という表現での高評価も多い。
はてなブックマーク - けものフレンズ 12.1話「ばすてき」
こうした視聴者の「公式」という表現は、公式作品の制作スタッフによる作品というくらいの意味だろう。正式な商業ルートに乗った作品ではないという認識と両立する。
もちろん本来なら新作映像を堂々と出すことが難しいと理解するコメントも複数ある。視聴者を楽しませるため公式作品を非公式として出したと推測するコメントまである。

id:TakamoriTarou ありがたやありがたや…。 当然制作委員会が権利を抑えていて、その中には有料配信サイトも入っている中でこれを出すのは色々と大変だっただろうなと言うほうも想像してしまう自分。

id:neogratche 「趣味で作った」っていう建前、ファンの心理を理解してて本当に上手い

商業ルートを外れて制作されたことが問題だったという認識が広がるほど、たつき監督の個人的なサービスという認識も真実味を増していく。
妥当性はどうであれ、商業主義と作家主義という対立構図が鮮明になっていく。それが良いことか悪いことかは別として。


ついでに気になっていることを書くと、発端となった監督のツイートは“上の意向で残念ながら外れた”という報告と謝罪でしかなかった気がしている。

現在では情報を公式よりも先に出した扇動的なツイートという解釈が強いが、監督の主観では視聴者が落ちつく時間を作るため、報告だけしておくという意図だったとしてもおかしくない。たしかめる術はもはやないが。

*1:たつき監督が『けものフレンズ』2期前に降板とのこと - 法華狼の日記

*2:WEBアーカイブでも確認できる。http://web.archive.org/web/20170404165132/http://www.nicovideo.jp/watch/sm30968065

*3:もっとも日本の特撮でもミニチュアを使いまわすことはよくあるし、アニメでも素材やデザインを流用する事例はあるが。

*4:アニメ業界の現状では、アニメーターが参加作品の自作素材を使って同人誌を出すことも見逃されているが。コミケなどで出す許可を貰ってない原画集は、なぜ制作は見て見ぬふりをするのですか?会社にもよりますが、原画の権利はほとんど会社にありますよね。原画集を出せる神経が分かりません。 | ask.fm/LawofGreenで北久保弘之監督の見解が書かれている。他に珍しいところでは、制作費をひねりだすため、公式スタッフが成人向け同人誌を出したロボットアニメ『神魂合体ゴーダンナー!!』という事例もある。