法華狼の日記

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橋下徹大阪市長はデマを根拠に従軍慰安婦問題へ言及していたことが確定

http://www.47news.jp/CN/201208/CN2012082101001566.html

 大阪市橋下徹市長は21日、戦時中の従軍慰安婦問題に関し「慰安婦が軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられた証拠はない。あるなら韓国にも出してもらいたい」と述べた。政府は1993年の河野洋平官房長官談話で慰安所の設置、管理、慰安婦移送に関する「旧日本軍の直接、間接の関与」や、慰安婦募集をめぐる強制性は認めている。

 韓国の李明博大統領による島根県竹島訪問などに関し市役所で記者団の質問に応じて答えた。

 橋下氏は「慰安婦制度は今から考えると倫理的に問題のある制度なのかもしれない」と説明。韓国側の認識を理解した上で、論点を整理すべきだとの持論を展開した。

報じられた当初から話題になっているが、その時は言及する気になれなかった。
そもそも立場は市長であるため影響力は小さいだろうし、報じられた範囲では主張の情報量も少ない。何より、誰が問題視しても人気取りに利用されるだけだろうと思った。


しかしTogetterにまとめられた[twitter:@t_ishin]アカウントのツイート一連を見て、想像以上に認識がひどいことがわかった。前後しながら批判していく。
橋下大阪市長の竹島領土問題、慰安婦問題へのツイートまとめ (2012.8.24) - Togetter

外務省も災難だが、橋下市長のような政治家の放言を防ぐ努力をおこたった結果でもあり、あまり同情はできない。

本当に安倍晋三内閣は罪作りなことをした。
まず、2007年に安倍内閣河野談話を否定したという話は、どうやら中央日報記事の釣りタイトルから生まれたデマらしい*1。先々月のscopedog氏による調査を紹介しておく。
5年前の歴史すら修正する従軍慰安婦否定論者 - 誰かの妄想・はてなブログ版

記事の内容は、2007年3月16日の閣議で、安倍政権が「政府が発見した資料からは(日本)軍や官憲(官庁)によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見つけることができなかった」と明らかにした、というものですが、そのようなことは河野談話当時に既に言われていたことで別に新奇性のある内容ではありません。

つまり2007年の安倍内閣は「証拠はなかった」と主張したのではなく、政府が集めた文書資料に直接的な記述がなかったと改めて主張しただけだ。証拠がなかったという印象を与えたい安倍内閣の意図は、原状を見てもほぼ自明と思う。しかし、さすがに強制性があったという調査結果そのものは安倍内閣でも否定できなかった。
実際には被害者等から証言を聞き取り、その結論として様々な強制性が認められ、河野談話が出された。橋下市長は弁護士だったはずだが、証言は証拠にならないとでも思っているのだろうか。
そもそも安倍内閣答弁でも河野談話そのものは継承しており、scopedog氏の調査でも実際の答弁に基づいて指摘されている。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166110.htm

三の1について

 官房長官談話は、閣議決定はされていないが、歴代の内閣が継承しているものである。

三の2について

 政府の基本的立場は、官房長官談話を継承しているというものであり、その内容を閣議決定することは考えていない。

三の3について

 御指摘の件については、官房長官談話においてお詫びと反省の気持ちを申し上げているとおりである。

実際のところ、河野談話を継承していることは中央日報も記事本文で明確に書いている。
「慰安婦強制動員はなかった」日閣議“河野談話”公式否認 | Joongang Ilbo | 中央日報

日本政府は答弁書を通じて従軍慰安婦募集の強制性について「(談話発表に先立ち)91年12月から93年8月まで日本政府は関係資料を調査し、関係者の証言を聞いた」とし「(河野談話が)閣議決定されていないが、歴代内閣が受け継いでいる」と主張した。また、日本政府は「今後もその内容を閣議決定する方針はない」とした。すなわち日本政府の象徴的な立場で“河野談話”を受け継ぐだけであって内閣全体に拘束力を持つ閣議決定はしないという意をはっきりさせたのだ。

つまり中央日報記事が批判しているのは、河野談話を否定したことではない。安倍内閣河野談話の段階にとどまり続けると宣言し、閣議決定まで踏みこまないことを批判したのだ。
むろん中央日報に限らず、日本軍を擁護したい人々も安倍内閣答弁書の意味を、あたかも証拠が存在しなかったかのように誇張していた。その意図が見透かされたことも、当時のアメリカ下院で日本の謝罪をうながす決議が採択された一因だろう。

「タッチすべきではない」とすれば、それは無知なまま歴史認識問題へ言及しているためだ。政治家として口を出したいなら、とりあえずアジア女性基金の公式サイト全体くらいは目を通すべきだろう。
慰安婦問題とアジア女性基金 デジタル記念館 玄関ホール
具体的な事例をふくむ政府調査研究の結果や、従軍慰安婦問題で何が問われているのかという枠組み、それらを把握してから意見を表明するべき。韓国に対して新たな調査を行うよう呼びかけたにしては、あまりに過去の研究を知らなさすぎる。それこそ自分に対する様々な批判から矛先をかわすために新しい争点へ言及したようにしか見えない。

強制性が批判されていると知りながら、なぜ「済州島のメディア」という狭い地域における募集段階の調査についてだけ存在を知っているのだろう。
暴力をともなう強制連行の事例のみを否定したいなら、とりあえずスマラン事件として知られる有名な事例から反論するべきだろう。
慰安婦にされた女性たち-オランダ 慰安婦問題とアジア女性基金

アンバラワ第4または第6の収容所から連行された女性の証言によると、ここでは、1944年2月23日、収容所中庭に17歳から28歳までの女性全員が並ばされ、その後1人づつ収容所事務所に出頭させられました。翌24日、20人が事務所に呼び出されました。その上で2月26日、17人が選び出され、スマラン市内の建物に連れて行かれ、同意書に署名を強要されました。同意書は日本語で書かれていましたので、署名した人には何もわかりませんでした。

実際の歴史研究や政府調査に目を通せば、具体的な強制事例が何か、そしてそれらの根拠を知ることは難しくないはずだ。その根拠に応じた反論でなければ、何の意味もない。いわゆる藁人形論法という詭弁だ。全ての募集が官憲による強制連行によるものだとは、日本の歴史学者も韓国政府も主張していない。

日本軍は、「監督」という言葉から想像されるような監視的な立場にとどまっていたのではなかった。
慰安婦とは―女性たちを集める 慰安婦問題とアジア女性基金

 慰安所は、このような当時の派遣軍司令部の判断によって設置されました。設置に当たっては、多くの場合、軍が業者を選定し、依頼をして、日本本国から女性たちを集めさせたようです。業者が依頼を受けて、日本に女性の募集に赴くにあたって、現地の領事館警察署長は国内関係当局に便宜提供を直接求めています。

つまり民間業者は日本軍から依頼を受けた下請け的な立場だった。
慰安所の生活 慰安婦問題とアジア女性基金

慰安所の建物は軍が提供したり、建設したりしました。警備は軍が行い、さらに営業時間、休業、単価も、部隊別の利用日の割り振りも軍が決めていました。慰安婦の性病検査も軍がおこなっていました。軍は管理委員を指名し、慰安所にいく者のためには、軍が利用券を発行する場合が多くみられました。

このような「監督」が「現代社会」で広く見られると橋下市長は主張するのだろうか。
従軍慰安婦問題には、人身売買、未成年者の就業、詐欺的文言による募集、前借金等による拘束、慰安所の過酷な環境、等々の問題がふくまれている。主導的に慰安所を運営していた日本軍は、元請けとして全体の責任を問われている。強制連行とは、全容の解明が進む前に表面化していた事例の一つであり、つまりは氷山の一角であった。


最後に、橋下市長が最も問題視している河野談話そのものへの認識にいたっては、どう扱うべきかわからない。何を情報源にしたのか、本当に不思議だ。

河野談話では、募集や移送の手段に多様な問題があったため、それらを総合して「本人たちの意思に反して」と記述しているというだけのこと。直接的な強制連行だけに問題を矮小化してはならないという見解だ。
そもそも河野談話は外務省サイトで全文が確認できる。調査の結論と政府見解を出しただけの短い内容なので、読み通すことは難しくない。該当部分を引用しよう。
慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

橋下市長は「官憲等が直接これに加担したこともあった」「慰安所における生活は、強制的な状況」という明確な文章を読み落としたのだろうか。「本人たちの意思に反して」という二回の記述にはさまれているのだが。

*1:ただし、scopedog氏の取り上げた例では明確に中央日報記事がデマに利用されているが、橋下市長は他から知った可能性もある。