法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『折れた竜骨』米澤穂信著

呪われた不死者の襲来を予想し、怪しげな傭兵を集めた領主が、その日の晩に刺殺された。舞台は暗礁で守られた孤島。容疑者は領主の居場所を知っていた傭兵達。
領主の娘である主人公は探偵役と協力して暗殺の実行犯を探そうとする。しかし、領主が治めていた諸島をゆるがす敵の襲来は間近にせまっていた……


もともとは作者がデビュー直前、つまり2000年ごろにインターネットで発表していたミステリ小説という。それをハイファンタジー世界から史実の中世ヨーロッパ世界へ近づくよう2010年に改稿したもの。剣と魔法の西洋ファンタジーを舞台に、特殊ルールに基づいた犯人探しがくりひろげられる。
意外な良さとして、剣と魔法のファンタジーとしての面白味も充分にあった。しかも、ファンタジーらしい面白味を味わう時に、本格ミステリ要素が邪魔にならない。むしろ本格ミステリらしい謎で物語が牽引されることで、ハイファンタジーらしい長い設定説明でも興味が持続する*1
ちょうど個人的に考えていたファンタジーに似ている描写が多かったことで、逆にハイファンタジーを現代で成立させるための巧みな手法として、深く印象に残った。
呪われた不死者との戦いも大規模なもので、傭兵を初めとした登場人物が、予想からずらしつつ期待以上の活躍をする。醜い者、愚かな者、卑劣な者の、輝ける一瞬が描かれる。俯瞰で見ても、先に捜査描写を読んでいるおかげで島の地形が頭に入っており、冗長な説明を読み返してテンポを悪くする必要がない。どの場所から誰がどのように敵と相対しているか、複雑な戦闘の帰趨が手に取るように理解できた。
もちろん領主の刺殺と呪われた不死者の襲来は関連し、しかしそれは密接すぎることなく、偶然と必然が適度によりあわさることでファンタジー世界の広がりとリアリティが同時に確保される。さらに不死者の設定は島と領主の歴史と密接に結びつき、物語世界の枠組みそのものまで最終的に解題された*2


以下、ミステリとしての感想は、真相についてふれないものの、念のため続きを読む形式で記述する。
頁数に比して事件の構図は単純だ。本島から隔絶された孤島における領主刺殺事件と、その孤島で同時に起きた密室からの捕虜消失が、主な謎解きの対象となる。
密室からの消失方法は、捕虜の持つ特殊設定から当初に予想されてしかるべきもの。どちらかといえば、この解決編において新たな手がかりを入手し、領主刺殺事件で容疑者をしぼったことが要点。他にも、魔法を使った小さな犯罪が容疑者をしぼる手がかりとなったり、いかにもファンタジーらしい活劇に手がかりが散りばめられていたりする。
領主刺殺事件は、魔法によって実行犯が操られた殺人劇と当初から明示され、動機探しは最初から無意味とされる。そして探偵役が魔法を駆使したり、些細な手がかりから論理を展開して、容疑者は8人前後にしぼられる。探偵役の用いる魔法は科学捜査を魔法に置きかえたようなものであり、現代を舞台にすれば構成そのものは半分の頁数ですむかもしれない。
しかしファンタジーを舞台としたことに、本格ミステリとしての意味も確実に感じられた。領主との面会、主人公の捜査、敵との戦いで、容疑者の人格や能力を三重に描いているため、解決編で名前と顔が一致する。大規模な活劇をへた登場人物には愛着が感じられ、一人ずつ容疑から除外し、あるいは怪しむだけの推理劇でも、充分な興奮があった。
オーソドックスな消去法を用いた犯人指摘と比べて、どんでん返しは蓋然性にたよっていて、やや弱くはある。超人的な能力を獲得する魔法が存在するとすれば、どんでん返しに繋がる推理は確定とまではいかない*3。どんでん返しの直前において、主人公がそれまで情報を入手していない魔法は使われていないと、確定する手がかりはほしかった。
しかし物語としての伏線は充分にあり、厳密性の低い本格ミステリと見れば納得がいく落としどころではある。一見して実行犯の行動は奇妙だが、実行犯の操りには殺人そのものにとどまらない多様な意図がありうることが中盤で例示されており、よく読めば不合理ではない。


最後に、登場人物表は虚偽に近い記述があり、ここは充分にフェアネスとはいいがたい。作中で容疑者を列挙していく場面などを入れて、登場人物表の代わりとしても良かったのではないか。特設サイトにも存在する問題だ。
折れた竜骨 米澤穂信 | 東京創元社
作中の記述は主人公一人称なので、誤った表現は主人公が誤解しているものと解釈することもできる。ただし、捕虜消失をめぐって読者へ情報を隠す記述があり、そこは自然に処理してほしかった。読者としてはあらすじなどで見当がつく部分なので、そもそも隠す必要も感じられなかった。

*1:その意味でいうと、領主刺殺事件はもっと華々しく、不可能性への興味を持たせるような装飾をほどこすべきだったとも思うが。

*2:ルールを成立させるための枠組みまで解明されたとことで、同じ作者の『インシテミル』よりミステリらしい構成とも感じた。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20090513/1242255577

*3:いったん推理を打ち切って、容疑者に確認するという手順は必要になることは確かなので、現状でも最後の手がかりが出た瞬間からが真の解決編と思えば悪くないが。