法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『真珠湾からの帰還〜軍神と捕虜第一号〜』

NHK名古屋が制作した土曜ドラマスペシャル。真珠湾攻撃に特殊潜航艇「甲標的」で参加し、「九軍神」の影に隠れて捕虜第一号となった酒巻和男少尉、その戦中前後を時系列を入れかえながら描いていく。
http://www.nhk.or.jp/nagoya/shinjyuwan/


ともに脱出した部下も夜の海で行方不明となり、酒巻は一人だけ捕虜となった。そして命を捨てる場所を自問しながら戦後まで生きのび、九軍神となった仲間との断絶を何度も突きつけられる。
破壊に失敗した潜航艇が見世物にされ、九軍神とは逆に米国の戦意を高めてしまったこと。決死にはやり反乱を目論む他の捕虜との温度差、激しい批判。先に捕虜となって会話できるようになったことで収容所側との難しい折衝をせまられ、どちらにも属せない難しい立場にもなった。
もちろん戦争の前には、楽しい記憶もある。訓練した愛媛県での仲間との日々。その時に泊まっていた旅館の次女である岩宮緑との、淡い恋と呼ぶことすらためらわれる抑制された縁。旅館で上官の岩佐直治大尉が見せる、優秀な海軍将校らしいイメージも面白い。敵をあなどって盛り上がる若者達を叱咤しつつ、ワルツのレコードをかけて岩宮をダンスにさそうハイカラぶりだ。こうして岩宮を媒介に、仲間との絆も描かれた。しかし捕虜となった後は、幸福な記憶すら後悔を呼び起こすきっかけでしかなかった。
そして戦後に日本へ戻った酒巻は、捕虜への厳しい視線が残っていると同時に、「軍神」もまた無かったことにされている現在を知る。やがて横浜でのBC級戦犯裁判に弁護側証人として出廷し、捕虜生活時の様々な問題を証言するものの、それは裁判記録から抹消され、仲間を救う願いはここでもかなわなかった*1
最後に酒巻は岩宮と再会し、自分の姿が白く消された仲間との集合写真を見せられる。しかしワルツのレコードをかけ、岩佐が冗談半分に求めてはたせなかったダンスを再現した時、酒巻は仲間の姿を幻視する。この物語で唯一の、虚構ならではの演出だ。仲間を追って死ぬべき場所を探していた男は、生の中にこそ絆があると知った。軍神と捕虜第一号という立場に切断された男達は、人となることで、再び仲間の絆を取り戻しのだ。
EDはワルツの流れのまま始まり、戦後の酒巻と岩宮がそれぞれ長く生きたことが示される。絆の断絶と回復を通して、捨てるべき命などないと率直に描く結末が胸にしみた。


映像面でも素晴らしい。特に冒頭の水中戦の特撮はかなり精度が高く、特殊潜航艇もミニチュアか3DCGか区別できないくらい質感がある。特撮だけでなく、潜航艇内部の狭さや蒸し暑さも汗ばみ汚れた主人公の姿で描き、兵器を実感ある存在として描いた。
他にも実景との合成、各種セットの完成度もまずまず。たとえば特殊潜航艇からの脱出では、脱出口だけ実物大セットを作って名古屋市のプールで撮影し、後で船体全体を合成したようだ。
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収容所のオープンセットも名古屋市に作られ、完成度が高かった。画面に映っていた多数の棟は後で合成したものだろう。必要なセットに充分な力を注ぐことで、無駄なく高い完成度の映像を作り出していた。
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戦争映画として見て、素晴らしい内容だったと思う。過去の人物が現代と同じ思想を持つような不自然さや、作中世界の現実感を損なうような粗はない。あくまで物語の展開を通し、生き残ることが恥辱とされた時代の愚かさを描ききった。

*1:本当に記録から抹消されたのか、抹消されたとしても理由に妥当性がなかったか、ドラマの出来とは別に要検証だろうが。