〜このエントリに特定のツイッターユーザーを擁護する目的はありません〜
福島原子力発電事故を受けた周辺地域*1への差別が広がっている。そのような差別は、原子力への無知による例がほとんどで当然に否定されるべきだし、たとえ確固とした科学的知見に基づいていたとしても批判されなければならない。
しかし、そうした差別をきちんと批判できる人が、あまり好きでないツイッターユーザーがアイコンに用いているアニメやゲームへの嫌悪感を表明する場面を何度か見かけて、正直いって困惑した。
たとえば、固有性の少ないアイコンを用いるべきではないという批判なら、理路として成り立つとは思う。だが、嫌いな人間がファンだからといって作品まで嫌うことは、感情では理解できなくもないが論理が通っていない。
そもそも言説に固有の連続性を感じさせることがアイコン表現の目的ではあるだろうが、地域差別を批判するならば坊主の着ている袈裟を憎んではならないと理解できるはず。どのような内心を持っているにしても、地域差別を批判したいなら、表面的にはユーザーだけを批判するべきだろう。