法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ウルフハウンド 天空の門と魔法の鍵』

2007年にロシアで公開されたファンタジー作品。襲撃された村から一人だけ奴隷として生かされた子供が、成長し復讐者として襲撃者を追う。その旅路で様々な出会いと戦いを経験していく……
制作費24億円で興行収入30億円と、本国ではヒットした大作映画なのだが、日本では劇場未公開。GYAOで無料配信しており、ユーザーレビューがおおむね高評価だったので視聴してみた。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00653/v08091/


嬉しいことに、まずまずの佳作だった。ヒットした大作映画といっても、文脈が他国からは理解できずに面白味が伝わらなかったり、工夫なくサービスシーンを連発しただけの駄作だったりすることはよくある。
演出も脚本も教科書的といってよく、特に目新しい要素こそないものの、2時間超を間延びせず見ることができた。設定や心情を台詞で説明せず、きちんとカットを積み重ねて映像で感じさせていく。娯楽映画らしい平易な演出が基本だが、三つの立場をモンタージュした中盤の技巧的な演出は、さすがロシア映画と感嘆した。逆転劇にはきちんと伏線をはり、ファンタジーだからと唐突な奇跡でごまかしたりはしない*1
ファンタジーとして見ても、ロシアの広大な大地にロケハンし、巨大セットも複数使い、場所を移るごとに日照や植生もしっかり変えて、異世界を旅している気分が存分に味わえる。多人数がぶつかりあう戦闘、ミニチュアや3DCGを使い分けた特撮も粗はなく迫力ある。ただし主人公の殺陣だけは、全体的に近年流行に合わせてカットを割りすぎ、カメラも揺らしすぎているところが残念だった。


登場人物もいい。やや尺に比べて人数が多すぎるとは思ったが、舌足らずになるほどではない。
まず復讐者でいながら他者を迷わず助け、見返りを求めない主人公の実直ぶりが好印象。成長してからは髭面で、若い優男ではないところが独特だが、ふいに父母を殺され奴隷にされた過去が陰影を刻む。
いたいけな女奴隷、高潔な姫、意外と印象的に活躍する召使達など、ロシア女性の様々な美しさも楽しめた。年齢制限はないが、かなり際どい場面もある。むろん外見の美しさだけではなく、それぞれの立場でそれぞれの思いを行動に移していき、きちんと独立した人格が作品に立ち上がっている。
さらに敵は内部で対立関係をかかえていて親子でも温度差があり、一方で主人公が味方する街も姫を政治的意図で敵の穏健派に嫁がせようとしたり、基本的に善悪のはっきりした物語ながら様々な登場人物が意外な陰影を見せる。
最も良かったのが主人公の相棒として描かれる蝙蝠で、最初はただの愛玩対象だが、後半に入って重要な役割を見せるようになる。そして終盤の回想で描かれた主人公との出会いで、なぜ蝙蝠が主人公の相棒になったかを端的に描き、ひるがえって主人公の人格形成に深く関わったのだろうとうかがわせる。


作品評価とは別個に、随所で黒澤明リスペクトが感じられたのも面白い。
最近のファンタジー映画としては珍しく、強靭な肉体に傷と皺が刻まれた主人公は三船敏郎を思わせる。冒頭で襲撃される村は『七人の侍』で、姫を守って敵中突破する前半は『隠し砦の三悪人』か。序盤の城で高低をいかした立体的な殺陣や、普通の風景を異界に感じさせる演出は『蜘蛛巣城』を狙っているのかもしれない。
いずれにしても、制作者が映画の文法を基礎から学んでいるのだろうと感じさせられた。

*1:もちろん奇跡的な救済はあるが、世界観を壊すほどではなく納得できるもの。