法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『貞子3D』

鈴木光司『リング』シリーズのメインキャラクターであり、映画版『リング』でホラーアイコンとして確立されながら、すぐに消費されて本家本元すらパロディに見えるようになった山村貞子。その人工的な復活劇を、全く新しい物語で描いた3D映画。
金曜プレステージで放映された版を視聴した。96分と尺が短めなので、ほとんどノーカットだと思う。鈴木光司の原作は未読。
予想していたよりは面白かったし怖かった。ただし、おおかたの期待とは全く異なるベクトルで。


前半は、画面から貞子が飛び出すというコケオドシ演出がくりかえされる。『アバター』以降に作られた立体映画とは思えない。立体視のためか毛髪が3DCGで表現されたカットが多く、技術が追いついていないため質感を損なっているだけ。せめて廊下の奥で異変が起きていて観客視点ではよくわからないというような、3Dの奥行きを活用した演出がほしいところ。それでいて奥行き表現を立体視の技術にたよっているためか、2D版で見ると普通の映画より平面的に感じられた。
登場人物の言動も全体として安っぽいし、ニコニコ動画のような現実にある小道具もリアリティよりタイアップを感じさせる。むしろニコニコ動画ほど安っぽいガジェットって逆に珍しいよ。
そのような前半でも、スプラッター映画のような楽しみはできた。たいていのスプラッター映画は嘘くさいくらい血糊が噴出して、人体がオモチャのように壊れることで、やがてホラーというよりギャグに見えてくるもの。この作品は貞子がモニターから手や毛をのばすだけなので、より気持ちよく笑うことができる。実際、主人公の恋人が巨大貞子にさらわれるシークエンスと、刑事の前に部下が現れる場面は、スタッフもギャグのつもりで演出しているはず。


そして後半、石原さとみ演じる主人公が刑事とともに恋人をとりもどそうとして、貞子のいる井戸へ向かった時から、映画のベクトルは完全に別ジャンルへ向かう。
発泡スチロール製のような安っぽい井戸*1から、おなじみの幽鬼のように這いあがってくる貞子……と見せかけて、背後から逆間接の後ろ足があらわれる*2
この作品は、超常現象に手も足も出ないホラー映画ではなく、実体をもったクリーチャーと戦うモンスター映画だったのだ。だから刑事は喉ぶえを噛まれて死ぬし、その直後に襲われた主人公は石で殴りつけることでクリーチャーを倒す。
そして無数のクリーチャーに追われながら、主人公は廃墟を逃げまわる。遠景を移動する3DCGクリーチャーはクオリティが高いとはいえないし、近景の造形クリーチャーもそれほど質がいいわけではない。しかし物量は日本のホラー映画として破格で、壁を蹴やぶり障害を乗りこえ襲ってくる無数のクリーチャーを見るだけで、けっこう楽しくなってくる。
主人公もクリーチャー相手に武器をふりまわして奮闘するから、気分はJホラー版『エイリアン』だ。まさか石原さとみがシガニー=ウィーバーに見える日が来るとは思いもよらなかった。
このあたりから主観映像が多用され、前半で求めていた廊下奥にクリーチャーがうごめく演出も使われ、さらに吹き抜けを活用した立体的な殺陣を展開したりと、けっこうアクション作品としては質も良くなってくる。


最初に書いたように、山村貞子は消費されたホラーアイコンだ。普通に映像化するだけでは、美化された記憶を超えることは難しいだろう。そこで完全にモンスター映画の素材として割り切った判断は、きっと間違っていない。
まるで劇場公開されずDVDでのみ配給される安っぽいC級映画のような作品を、シリーズのネームバリューを使ってそれなりの俳優と予算で制作したスタッフ。日本ではこういうホラー映画が少ないのだから、その貴重さを評価してもいいのではないか。思い入れのある観客が怒る気持ちもわからないではないが。

*1:WEBで活動しているアーティストが貞子復活のために利用しただけの場所なので、実際に古井戸である必要はない。

*2:CM前後の予告映像でばらしてしまっていたが。映画内でも、一応の伏線らしきものはある。