法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

芥川賞作家の天罰論と、芥川龍之介の反天罰論と

東日本大震災の発生当初、シーシェパードの賛同者らがtwitterで「天罰」や「業」であるかのようにツイートしていたという。下記Togetterにまとめられている。
シーシェパードの支持者他の「地震ざまぁみろ」発言と、岩手県大槌町を訪れていた活動家の安否を気遣う日本人の対比。#thecove #taiji #seashepherd - Togetter
英語が不得手なので個々のツイートの精査はしていないが、ざっと見た限りでは天罰論が開陳されていたこと自体は事実だろう。
上記Togetterで指摘されているように、地震発生時に当のシーシェパードが日本で活動していたのだから、捕鯨への天罰という発想自体が奇妙だ。しかし思えばチベットをふくむ地域に大きな被害をもたらした中国四川大地震に対しても、チベット抑圧への天罰であるかのように主張していた人々がいた*1。人の愚かさは洋の東西で違いがない。


上記Togetterのコメント欄に下記のような発言がある。

水害にあったオージーざまぁwwwとか言う人居なかっただろ。てか鯨を保護する暇あるなら原住民とインド人を保護してろ
yuuri_jp
2011-03-15 02:30:26

しかし実際には先のニュージーランド南部地震でも、シーシェパードに対する「天罰」と見なす発言が散見された*2
ニュージーランド大地震-タイ王国から見た日本・アジア*3

ニュージーランド地震は、太平洋のナチとも言うべき人種差別的なニュージーランド(NZ)人への天罰だろう。時あたかも、人種差別テロ団体「シーシェパード(SS)」のテロ行為により日本の調査捕鯨が中止され、太平洋の人種差別国・オーストラリアとニュージーランドの政府が歓迎の意を表した直後だ。

産経新聞の【40×40】を担当した宮嶋茂樹カメラマンも、日本政府の弱腰を批判する前振りとして、日本人がニュージーランドにいたこと自体を不思議がり、行く価値がないかのように主張していた。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110303/crm11030307330007-n1.htm

 ニュージーランド地震で亡くなられたり、けがをされた方は、ホンマにお気の毒やった。だけど、何であんな小さい町に日本人がいっぱい、おったんやろ? 英語勉強するいうても、あの国はちょっとナマリが強いと思うけど…。
 今度の地震で政府はさっそく国際緊急援助隊を送ったが、あの名前出すのもおぞましいSS(シー・シェパード)、エコ原理主義者、中国人強盗船長より過激なテロを、えんえん続けとる連中から、日本の調査捕鯨船を守るための“緊急援助隊”は送らんの? 海保のSST(海保特警隊)を捕鯨船に乗せたら、あんなカッコだけのテロ船なんか、一発で追い払ってくれるちゅうねん。それやのに何の対応もせんと中止やと!

ここで文字を太字にして注意しておくが、一方の党派が持つ問題を、対立する党派の問題で相殺することはできない。難しいことはない、どちらも問題であると率直に批判するだけで充分だ*4
そして一方の党派を批判する際に、対立する党派の問題を批判しなければならないという義務もない。悪を知って批判しようと思った人が、批判発言の責任を自らが負える範囲で批判できればそれでいい。


しかし、天罰論を開陳したのが政治家となると、また別の話だ。
それなりに民主的な手続きをふまえて何度も選ばれた政治家が、過去の暴言や失言の延長として発した問題発言には、選挙で投票した者にもいくらかの責任はあるのではないか。
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011031401000989.html

 東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。積年にたまった日本人の心のあかをね。やっぱり天罰だと思う。被災者の方々はかわいそうですよ」と述べた。

 知事は一連の発言の前に、持論を展開して「日本人のアイデンティティーは我欲になっちゃった。アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなもんない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と語っていた。

 同日、この後に開いた都庁の記者会見で「天罰」の意味について「日本に対する天罰だ」と釈明。「大きな反省の一つのよすがになるんじゃないか。それしなかったら犠牲者たちは浮かばれない」と話した。天罰について発言した際、「『被災された人は非常に耳障りな言葉に聞こえるかもしれないが』と言葉を添えた」としたが、実際には話していなかった。
2011/03/14 22:42 【共同通信

石原慎太郎都知事による問題発言は今回だけではない。昨年の12月にも同性愛者への差別発言を行ったばかりだ。
もちろん直接的に問題発言の責任は負えないとしても、くりかえし選出させてしまった責任は心のどこかで感じてほしい。その当事者意識を持つことが、民主主義の特長だと思うからだ。
http://www.47news.jp/CN/201103/CN2011031501000396.html

 東京都の石原慎太郎知事は15日、記者会見し、東日本大震災を「天罰」とした14日の発言について「撤回し、深くおわびします」と陳謝した。

 知事は「行政の長である私が使った『天罰』という言葉に、添える言葉が足りなかった。かつてない困難の中にある被災者の皆さまの失意と無念は拝察するにあまりある。同じ日本に住む者として、明日はわが身、わがことであると思う」と述べた。

 石原知事は14日、東日本大震災に関して記者団に「津波を利用して我欲を洗い落とす必要がある。日本人の心のあかをね。やっぱり天罰だと思う」などと発言した。
2011/03/15 13:32 【共同通信

石原都知事は撤回し、謝罪した。しかし「添える言葉が足りなかった」という釈明は、真意を撤回する意味がないことを示している。
確かに、犠牲者のためにという論理で反省のよすがにするという主張は、単純な天罰論ではないかもしれない。悲劇を糧に発展しようとする考えは、関東大震災渋沢栄一が述べた「天恵論」に近い。しかし一見して心地良い発奮であるかもしれないが、犠牲者を自説の踏み台に利用する態度は、天罰論よりも巧妙なだけで悪質であることにかわりはない。犠牲者を糧にした発展を賞賛する言葉は、容易に犠牲者の苦しみを美化して消し去ってしまう。たとえば太平洋戦争における特攻隊のように。


石原都知事はかつて小説家として芥川賞を受けたことがある。しかし芥川龍之介の精神を受けつぐことはなかったようだ。
先日に紹介したが、関東大震災における流言飛語や陰謀論に対する批判を、菊池寛とやりとりする文章として芥川龍之介が残している。
君は「野蛮」か「善良な市民」か - 法華狼の日記
その同じ文章に、関東大震災の後にはびこった天罰論や天恵論に対する芥川龍之介の批判が存在する。別の資料にある菊池寛の批判とともに紹介しよう。
芥川龍之介 大正十二年九月一日の大震に際して*5

 誰か自ら省みれば脚に疵なきものあらんや。僕の如きは両脚の疵、殆ど両脚を中段せんとす。されど幸いにこの大震を天譴なりと思う能わず。況や天譴の不公平なるにも呪詛の声を挙ぐる能わず。唯姉弟の家を焼かれ、数人の知友を死せしめしが故に、已み難き遺憾を感ずるのみ。我等は皆歎くべし、歎きたりといへども絶望すべからず。絶望は死と暗黒とへの門なり。
 同胞よ。面皮を厚くせよ。「カンニング」を見つけられし中学生の如く、天譴なりなどと信ずること勿れ。僕のこの言を倣す所以は、渋沢子爵の一言より、滔滔と何でもしやべり得る僕の才力を示さんが為なり。されどかならずしもその為のみにはあらず。同胞よ。冷淡なる自然の前に、アダム以来の人間を樹立せよ。否定的精神の奴隷となること勿れ。

http://www.bousai.go.jp/jishin/chubou/kyoukun/rep/1923-kantoDAISHINSAI_3/24_v2_column10.pdf*6

菊池寛も「自然の大きい壊滅の力を見た。自然が人間に少しでも、好意を持っていると云うような考え方が、ウソだと云うことを、つくづく知った。宇宙に人間以上の存在物があり、それが人間を保護しているとか、叱責するとか云う信仰もみんな出鱈目であることを知った。もし、地震渋沢栄一氏の云う如く天譴だと云うのなら、やられてもいい人間が、いくらも生き延びているではないか。〈中略〉自然の前には、悪人も善人もない、ただ滅茶苦茶だ。今更人間の無力を感じて茫然たる外はない。いろいろ口実を付けて、自然の暴力を認めまいとするのは、人間の負け惜しみに過ぎない」と述べている。つまり、芥川、菊池両氏とも自然の驚異の中に戒めや恩恵といった何らかの意図を読み取ることに反対しているのである。

「人間」であろうとするならば、異なる共同体に存在する他者だけでなく、自然に対しても過剰な意味づけをしてはならない。
私は「野蛮」な「人間」でありたい。だから書いておこう、石原都知事の天罰論もしくは天恵論は、その後の釈明もふくめて「嘘」であると。

*1:http://mukke1221.exblog.jp/7133729/

*2:だから、東日本大震災を天罰と見なすツイートに、皮肉や反発の意味があった可能性も全くないではない。エントリ本文で後述するように、反発であったとしても天罰と主張するツイートに問題があることにかわりはないが。

*3:高橋洋一という名前だが、プロフィールによると有名な経済学者ではなく、農学博士とのこと。http://blog.canpan.info/thaikingdom/profile

*4:それでこそ党派の泥仕合を避けて、日本における捕鯨の賛否とは別個に論じることができる。ただ、天罰論に与した発言者の信頼性は下がるとは思う。私は確認していないが、シーシェパード代表ポール=ワトソンがフェイスブックで天罰と受け取れる表現をしたという話も見かけた。

*5:カッコ内のふりがなを排した。「雖」を「いへど」へ変更。「天譴(てんけん)」は天罰とほとんど同義で、現在はマンガ『BLEACH』に登場する技の一つとして少し有名になっているかもしれない。

*6:PDFファイル注意。〈中略〉は原文ママ