法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『屋根裏の遠い旅』那須正幹著

パラレルワールドの戦時下日本に迷い込んだ少年達の物語。『ズッコケ三人組』シリーズで有名な児童作家が1975年に書いた作品で、私が読んだのは1999年に偕成社文庫で発行された版。
太平洋戦争で勝利して戦時下の全体主義体制が続くパラレルワールドの日本、そこへ校舎の屋根裏に上がった少年2人が迷い込む。目の前には戦前の日本と地続きの古臭い光景が広がり、教育や法律も旧態依然とした内容だ。大人の相当数が前線で戦っており、同級生には父親を戦闘で失った者もいる。
学校の活動において自由な発言した主人公達だが、やがて同級生から仲間外れにされ、陰湿ないじめを受けることになる。同時並行で元世界の日本へ戻ろうと試行錯誤しつつ、ついに協力者をえることに成功するが……


時代性を考慮すれば、傑作と呼んで過言ではないと思える作品。反戦児童文学という言葉からイメージされるような単純な内容ではなく、ジュブナイルSFとしても完成度がきわめて高い。
ただし、近年のライトノベルと比べて饒舌さが全くないことはいいとしても、一貫して平易な言葉でつづられて描写に厚みがないため、食い足りなさを感じる面はある。もちろん、これは児童文学の特性上いたしかたないだろう。


まず最初に面白いところが、主人公の一方を軍事オタクとして描いていることだ。大和の弱点を軍人相手に説明したことで*1、主人公はスパイ行為を疑われ、学級から孤立していく。軍事オタクは平和な世界でこそ趣味としての軍事を追求できるのだ。
主人公は軍事オタク同人誌から知識を得たのだろうという結論が出されて、調査が終わる展開も面白い。主人公のもう一方が持っていた原子力の知識も、戦死した兄から教えてもらったものという告白*2が信用される。ここでの、軍隊内にあってさえ軍事オタクは排除されるという指摘は、なかなかの皮肉と感じた。
知識を持つことが有利にはたらくばかりというような安っぽい仮想戦記に比べ、特異な知識が良いようにも悪いようにも作用する経過をきちんとふまえた展開は、ずっと現実味がある。


戦争描写を離れてみても、SFとして完成度が高い。
作中で協力者がパラレルワールドについての仮説を述べるのだが、その設定は書かれた当時でも古典だったし、太平洋戦争をきっかけに枝分かれした*32つの世界で共通して残る古い場所が繋がっているという描写も安易。古い場所に2つの世界の住人が同時に入らないといれかわることがないという作中の説も、さほど驚きはない。主人公達の手紙を残すという思いつきにいたっては、違和感しかなかった。数年前から元の世界へ戻ろうと努力している協力者が気づかなかった理由がないし、後から置いた手紙という存在が2つの世界で共有される可能性も作品のSF設定にあわないと思ったのだ。
しかし協力者の提案した手段は、元に戻る確率を高めつつ協力することの効果を最大限にあげる、単純ながら説得力ある内容だ。前述した主人公の思いつきが成功した描写も、きちんと作品のSF設定を反映して物語へ落とし込まれ、新たなドラマを生んだ。どこかで私は作者を甘く見ていたために、むしろ気持ちよく足元をすくわれた。


そして作品に描かれた戦争が続く日本は単純な恐怖国家などではなく、多少の我慢をすれば暮らしていくことに不便はない。おかげで戦時下の社会を描きつつ、きちんと地に足のついた生活感がある。
こちらの日本とは異なる社会の要請によって別方向に技術進化を続けている背景が描かれることで、設定にSFとしての骨格も通っている。具体例をあげるなら、戦艦大和からしてミサイルポッド等で改装されているし、かといって安易な仮想戦記のように無敵兵器というわけではなく退役間近の老朽艦として扱われ、先述したように史実通りの弱点も残している。自動車も太平洋戦争時に用いられていた木炭車やコークス車が登場するが、全く技術が進歩していないというわけではなく、あくまで資源節約として代替燃料が使われ続けているという描写だ。
しかも作中で日本は戦争に勝利したのだから、最前線は植民地である南方の島々や大陸などにあり、主人公が直接的に戦災へ巻き込まれることは基本的にない*4主人公達はテレビごしの戦争しか知ることはない。あたかも現代の日本人がベトナム戦争湾岸戦争イラク戦争をテレビでながめているかのように。
ここにきて主人公は気づく。元世界の日本に軍隊はなく、自衛隊は水害対策や雪祭りのためだけに存在すると漠然と考えていたが、毎日戦闘機が飛んでいた軍事基地がどちらの世界に存在していたかわからない。主人公が受けたいじめも、社会の同調圧力も、元世界に存在していたものにすぎない。文庫版解説の藤田のぼる氏も指摘するように、ここの何気ない“気づき”描写には圧倒された。
この物語は戦時下の恐怖を安易に誇張せず、ていねいに世界を構築したからこそ、架空世界の表層的な恐怖ではなく現実に通じる普遍性ある恐怖を描き出す。


終盤にいたり、SF設定の生んだドラマは、単純な性格に見えていた様々なキャラクターの複雑な内面を描き出す。
同級生の少女*5によるほのかな好意が主人公を窮地に追いやり、感情的な教師が見せた生徒を守ろうとする矜持*6が主人公の希望を断つ。しかし主人公が視点を変えれば、彼らの好意は確かに一面で主人公達を救ったともいえる。
結末において、少年達は複雑で困難で生きにくい社会へ放り出されたまま、当面の目標すら持てないでいる。しかし2つの日本が同じ問題をかかえていることを描いたからこそ、この結末でも物語として成り立っている。
さらに、独特の爽快感もある。少年達は自らを助けようとした人々の大切な記憶を心に刻んだからだ。ゆえに少年達は絶望しない。もし元世界の日本へ帰れることがかなわなくても、反戦組織への参加を断られても、現在の誤っている日本社会への同化を拒絶する。
人間は自分だけの大切な内面を持つことで、周囲から強要される間違いと戦う意思を持てるのだ。

*1:ここで示した知識で軍人家系の同級生が尊敬してくるが、後にスパイと疑われると手のひらを返すように知識を持っていることを攻撃する描写も素晴らしい。

*2:死者に責任をなすりつける弟という描写は、とんちがきいたたくましさで好感すら持てる。

*3:ミッドウェー海戦の勝利と、ナチスドイツがソ連へ宣戦布告しなかったということを主人公は知るだけで、下手に長々と描写してボロを出さない手さばきが地味にうまい。太平洋戦争で日本が勝ち得る現実的な可能性は、克明に考えるほど説得力がなくなるものだ。

*4:終盤で前線に似た状況が主人公の周囲で発生するが、反戦活動などの誤誘導が巧みなために皮肉な真相は予想できなかった。この皮肉は現実の日本で起きた状況を反映したものだ。それと同時に、架空兵器ならではの設定も伏線として機能しており、SF的な説得力も高い。

*5:元世界ではいかにも医者の娘らしく、典型的なツンデレお嬢様としてふるまう。対して別世界の父はインテリらしく反戦活動で姿を消しており、残された母子家庭の少女としてはかなげに描かれる。SF小説とキャラクター小説の両面が融合した素晴らしさだ。

*6:パターナリズムの美しいがゆえの過ちを、この時代に物語として描いているという意味でも興味深い。実際、社会から生徒を守ろうとするために生徒の自由を制限しようとする台詞は、典型的なパターナリズムといっていい。