法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ブラックブック』

第二次世界大戦のオランダにおけるレジスタンス活動を描いた作品。ハリウッドを離れたポール=バーホーベン監督が故国のオランダで監督した。
刺激の強い場面も多くて状況が二転三転し続け、約2時間半の物語を飽きずに見ることができた。タイトルに使われている黒い手帳は物語を閉じるための手がかり程度の意味しかないが、かわりに棺とチョコレートという対照的なモチーフが作中で何度も登場し、伏線としても機能している。主人公を困難な立場に落とした真犯人も、きちんと手がかりとミスディレクションが配置されていて、謎解きミステリとして楽しめた。
ただ、全体に見どころが分散していて、力強い物語のうねりは足りなかったとも感じた。本来の監督構想ではもっと多くの出来事を盛り込むつもりだったらしく、どうしても外せない場面だけ残した結果として、起伏が不足したのかもしれない。


物語は、スパイ活動のためナチスの愛人となったユダヤ人の女性を主人公に、ナチスレジスタンスそれぞれの光と闇を描いていく。善人や悪人という違いは、それぞれの末路を決定づけない。終盤で悪を封じた主人公が語ったように、生き残った人間が対応を選ぶしかないのだ。
むろん、戦争映画において敵味方それぞれの善と悪を描く物語は珍しくない。圧制に抵抗するレジスタンスや革命組織も内紛や問題をかかえていたという描写は、真面目だったり冷笑的だったりする戦争映画なら、よく描写される。
この作品の出色な点は、戦争が終結してもサスペンスが持続するところだろう。終戦を直前にして主人公が難しい立場に置かれ、平和になることによって追いつめられ、解放後に裏切り者を追うドラマが用意された。良心のため妥協して敵と内通した人物が、それゆえに咎められ殺される。一方で、正式に降伏したドイツ軍は一定の権利を連合軍から認められ、卑劣に生き延びたりもする。主人公だけでなく、ナチスに身内を売ったり、裏切るようせまられたり、あるいは誤解された人々が、見世物にされていく風景が正面から描かれた*1


悪を罰する神が不在であることを示すように、キリスト教徒を装うことを求められた主人公が十字架を崩すデモンストレーションをしたり、宗教的な風習を避ける社会主義者レジスタンスが神に恥じない行いをしようとしたり、宗教をめぐる描写も皮肉が多くて興味深い。
主人公が戦後にイスラエルにいる冒頭も、結末で第二次中東戦争が近いことを示し、不穏な空気をただよわせたまま終わった。イスラエルで安息をえた主人公の姿が印象的であるため、やるせなさが際立った。

*1:ちなみに、太平洋戦争に日本が敗北した後も、フィリピン等で同様のことがあった。