法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『とある飛空士への夜想曲』上下巻 犬村小六著

巨大な落差によって大海が分断され、飛行機械が発達した世界。二つの大国の境界近くにある、資源採掘のために作られた軍艦島。そこで育った少年と少女は、それぞれの道を歩き、やがて空軍のエースと国民的な歌手となる。
そして対立していた二つの大国が戦争に向かう時、少年と少女だった二人は社会的な立場に引き裂かれ、社会の良き歯車として戦争の遂行をせまられていく。


シリーズ第一作の後日談を、敵側の視点で描いたシリーズ第三作。シリーズ二作目の感想は下記エントリで書いた。
『とある飛空士への恋歌』全5巻 犬村小六著 - 法華狼の日記
主人公の国が帝政である一方、十倍の国力を持つ敵国も皇国であり、どちらも同程度の人権意識しか持たない社会として描かれる。開戦理由も、皇国が一方的に開国を要求して土地を奪ったことが端緒とされる。一応は架空世界なので、主人公側の植民地侵略や、それぞれの社会制度の複雑な比較、第三者国との駆け引き等を、全く描かずにすませることができた。
……とはいえ、明らかに主人公側のモデルは日本軍であり、その大義も「大東亜戦争」の建前をさらに美化したもの。辛辣にいえば、かつて流行した仮装戦記というジャンル小説を、架空世界に置き換えたライトノベルにすぎない。
シリーズ第一作が皇国側の物語だったので、かろうじて救われた。いわば、『父親達の星条旗』の後で『硫黄島からの手紙』を作ったようなもの。しかしイーストウッド監督作品と違って日本人作者が日本で出版した作品であることに違いはなく、やはり単独で読むと相当に厳しい。ラブコメ描写や空戦描写は良いのだが、楽しむために目をつぶらなければならない描写や設定が多かった。


シリーズ第一作の時点で帝政国が敗北しなかったことは明らかにされており、作中の史実にそって物語が進行するのだが、基本的に皇国が物量と技術力だけで押し切り、主人公側が個人の技量や奇策でくつがえす展開ばかり。最も戦局を左右した終盤戦でも、敵の愚劣さの結果として勝利してしまっている。
主人公まわりの戦争のロマンを書きたいなら、せめて戦争全体の状況とは慎重に距離をとってほしかった。太平洋戦争からディテールを拝借しているため、リアリティレベルの乖離がひどい。


皇国の司令官も後半で多面的な顔を見せるかと思ったが、卑劣で愚かな差別主義者として終わる。
せめて個人的な好みをいえば、第一作で主人公達の足をひっぱった皇族が最終決戦に立ちあっていて、ある種の理想主義者として第三作の主人公を賞揚したことで停戦がかなった……といった展開が見たかった。
この作者は弱者や愚者の奮闘や成長を美しく描き、顔を隠した少女と少年の秘密の共有を甘く描くのに、なぜか敵味方ははっきり峻別している。