法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『反日マンガの世界』編集部の反日ぶり

晋遊舎ムック『反日マンガの世界』は賞賛されなければ批判もされず、大した話題にならなかった。晋遊舎ブラック新書として再び世に出たが、やはり議論すら起きていない。


まず目の前に置いてみる。『美味しんぼ』と『はだしのゲン』のパロディとおぼしき表紙イラストの下品さが読む気を失わせる。
パロディ漫画の登場人物は、それぞれが「な、なんちゅう反日や……」と涙を流して感動したり、「ギギギ……全て日本が悪いんじゃ憎いのう!憎いのう!」と拳を握ったり、「この日の丸を掲揚した奴は誰だあっ!!」と怒り叫んだり……
もちろん、『美味しんぼ』にも『はだしのゲン』にもこのような場面はない。むしろ全く逆だ。ゲンは原爆を落とした米国を憎んでおり、「全て日本が悪いんじゃ」などという台詞を吐くわけがない。『美味しんぼ』も捕鯨運動とともにあったジャパンバッシングを批判したり、「反日」に感動するキャラクターが肯定的に登場するわけがない。どちらも実際に作品に描かれた内容とは正反対だ。つまり、作品を批判するがために内容を誤読や曲解していると、表紙の段階で暗に宣言しているようなものだ。
なお、同様の指摘はmeiwakoko氏が昨年に行っていた。
「反日マンガの世界」 - 左翼というのはプライドたりえるのだろうか


次に裏表紙を見ると、各作品評の紹介文が並んでいる。
反日反戦思想を売名の道具にした 極左漫画家・石坂啓の大問題作!」などと「極左」の定義がわからなくなる文章があるかと思えば、『光る風』が描かれた1970年以前からマンガが韓国に存在したという意味を持ちかねない「第4章 反日マンガの原産国! 韓国の逆襲」なる文章もある*1
反日で反体制なトンデモ漫画を徹底検証!」と表紙で煽っているが、中身を読む必要もなく当の『反日マンガの世界』がトンデモ本ということが充分にわかった。


続いて、編集部によるまえがきへ目を通してみると、批判するにも値しないと思わせるひどい内容だ。
この書籍において、唯一「反日マンガ」の定義らしきものが書かれている、のだが……

反日マンガ」とは偏った歴史観に基づいた反日的、反体制的なイデオロギーがにじみ出ているマンガのことだ。

つまり「反日マンガ」の指標とは、「偏った歴史観」であり、「反体制的」であり、それが「にじみ出ている」*2と感じられるものという説明だ。
反日的」と「反体制的」を並べることは、様々な思想を内包する民主主義と自由があるはずの日本からすれば、それこそ「反体制的」といってもいい「偏った」イデオロギーだ。
続けて、「偏った歴史観」や「反体制的」なマンガ描写の具体例が並べられているのだが……

それぞれの作品がそれぞれのやり方で「日本は軍国主義を復活させようとしている!」「日本は中国共産党と手を組め!」「日本の諸悪の根源は天皇だ!」「日本政府は朝鮮人を強制連行した!」といった、トンデモない悪意に満ちた暴論、極論をたれ流し続けている。

紹介された通りならば、暴論や極論といえるかもしれない。
だが「日本」というおおざっぱなくくりでなければ、おおむね一理ある話ばかりだ。そして実際に個々の作品を見ていけば、漠然と「日本」全体を指しているような例はほとんどない。つまり、編集部のマンガ要約が誤っている。各国の政府や文化などを個別に見ず、漠然としたくくりで国家を無頓着に持ち出すマンガは、「知れば知るほど嫌いになる国それが韓国なんだ……」などと主張した『嫌韓流』くらいだろう。どうやら晋遊舎は、漠然と国家の名前を上げて批判することの危険性すら知らない編集ばかりらしい。
日本というおおざっぱなくくりを外せば、軍国主義を復活させようとしている有力政治家はあまたあり、現実でも日中は経済的な結びつきが切り離せず、戦後日本が政治的にねじれた原因を天皇と指摘する意見は保守革新ともに存在する。
そして、戦前の日本政府が朝鮮人を強制連行した例は、歴史学者はもちろん日本政府すら認める歴史的な事実だ。つまり、まえがきで「日本政府は朝鮮人を強制連行した!」という事実を否定した『反日マンガの世界』こそ、「偏った歴史観」かつ「反体制的」な、反日書籍そのものということになる。


表紙とまえがきだけで、これだけ突っ込みどころがある。
これでは賞賛する意見など出せようもないし、批判しようとすれば頁をめくるごとに指摘しなければならない。話題にならなかったのも道理だ。

*1:山上たつひこ作の『光る風』が反日マンガとして評されていることは裏表紙を見るだけでわかる。そして「原産国」という言葉を字義通り読めば、『光る風』の原点に韓国マンガがあったということになる。「原産国」という表記を選んだ者の日本語能力に問題があったということだ。

*2:しかし、『週刊金曜日』に掲載されて最初から政治的立ち位置を明らかにし、「にじみ出ている」わけではない『蝙蝠を撃て!』も取り上げられているのだが。