法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『BS世界のドキュメンタリー』嘘と政治と民主主義 ―アメリカ 議会乱入事件の深層―

 米国議会襲撃事件からさかのぼるように、共和党ドナルド・トランプという人物を大統領に押しあげ、むしばまれていった流れを追う。
 前編「“トランプの共和党”へ」と後編「不信と分断の連鎖」の2回にわけて放送された。
www.nhk.jp
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 もしも『セックスと嘘とビデオテープ』を意識した邦題なら、“政治と嘘と民主主義”の順番にするべきではないかと思ったが、どうでもいい細部ではある。


 このドキュメンタリの特色は、共和党の関係者のようにトランプに近い立場だった人々の視点を重視していること。思想的な敵対者からの批判というよりも、利用や許容した側からの後悔に満ちた証言がならべられていく。
 共和党は歴史ある巨大政党であり、当初からトランプに反発した重鎮もいたが、トランプに標的として名指しされて個別に攻撃され失墜していった。テッド・クルーズは党内の大統領候補を決める予備選で妻を中傷され、予備選撤退後の党大会演説で推薦する言葉をさけたが、その後はトランプに迎合していった。協力して抵抗すればトランプを排除できる可能性もあったのに、個人の信念で散発的に抵抗したため誰もが失敗したのだ。
 そして2016年に大統領になったトランプは、2020年の大統領選で最後まで敗北を認めなかった。そこで議事堂襲撃を扇動したかどうかが当時に議論されたが、そもそも米国の大統領選では敗者が敗北を認めて新大統領の誕生をたたえてきた伝統がある。敗者に投票した側を、選挙に疑いをもつ側を、暴発しないよう歴代候補者が抑制してきたのだ。その伝統を敗北を認めないトランプが壊した。


 共和党そのものに問題があることもドキュメンタリからつたわってくる。トランプに忠誠をちかって共和党をさしだしたミッチ・マコネルは、最高裁判事に保守派をおくりこむ目的は達した。最高裁判事で保守派が優勢な比率はトランプ個人の帰趨と関係なく今後もつづいていく。実際に連邦最高裁は人工妊娠中絶が違憲という判断を出しつつ、トランプが2020年に当選したことは認めなかった。
 考えもなく敵を攻撃して、やりすぎれば切断処理をしてすませられるトランプは、たぶん共和党にとっても便利な切り札……ジョーカーだったのだろう。議会襲撃事件の直後にはトランプ批判にまわった人々も、その後ふたたび多くが迎合しなおしていった。さすがに完全に決別しようとする人もわずかにいたが、やはり攻撃にさらされて失墜していった。
 根拠がなくても支持する人々があつまり、その支持を源泉とする権力を組織が認めてしまえば、まったく根拠のない攻撃でも組織内で効果をあげられる。むしろ根拠が必要ないからこそ組織内の政敵を自由に即座に攻撃できて、組織内の抵抗を分断させて、権力を維持しつづけるサイクルが完成する。


 そのような権力者を失墜させることができるのは、大統領選や司法などの、攻撃に最低限の客観性が必要となる時だけ。しかしそれに期待することも難しいことをつたえてドキュメンタリは終わる。
 切断処理した関係者がふたたび支持を公言するようになり、トランプは共和党内で復権した。支持に根拠が必要なければ客観的な敗北も決定的な汚点にはならない。
 そしてドキュメンタリ放送後の現在も予備選を有利に進めて、ただひとり残った候補者のニッキー・ヘイリーに連勝している。
www.bbc.com
 ヘイリーが米国籍をもたないという虚偽で攻撃をしていたのに、それがトランプの失点にならなかったようだ。根拠を必要としない攻撃が今も効果的という事実。
www.cnn.co.jp
 一方でジョー・バイデンはその政策に失望されて支持率が低下しながら、民主党は新たな有力候補者を立てられないでいる。支持には根拠が必要と考える人々が、それゆえ根拠なく支持される大統領を誕生させかねないパラドックス