法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

日本のトランプ支持陰謀論者「Jアノン」が集まる掲示板は、米国の本家「Qアノン」が集まる掲示板の元祖

「ふたばちゃんねる」*1は、かつて匿名掲示板「2ちゃんねる*2の避難所として発展し、画像掲示板という形式から独自の匿名文化を育ててきた。
www.2chan.net
この画像掲示板を参考に米国でつくられた匿名掲示板が「4chan」で、良くも悪くも過激で愉快犯な人々が集まった。
そこに「Q」というハンドルネームで陰謀論を流す人物があらわれた。その信奉者が「Qアノン」*3だ。


念のため、「Q」の登場以前から陰謀論は流れていた。
幼児性愛や悪魔崇拝をおこなうディープ・ステートが米国を裏から支配しているという内容で、それに対抗する存在としてドナルド・トランプ大統領が支持された。何の罪もないピザ屋が襲撃される事件も起きた。
www.afpbb.com
その陰謀論に、「Q」は最高セキュリティ「Qクリアランス」の内部情報と称する裏づけをおこなった。予言者のようにあやふやな文章をつかって、外れても解釈が間違っただけと逃げられる形式で。
www.bbc.com
しかし期限つきの解釈は外れつづけ、比例するように「Qアノン」は過激化して、よりアングラな方向へ派生した掲示板「8chan」へ移住していったという。


さて、そのような「Qアノン」の流す陰謀論を、日本でも信用する人々が生まれた。最近は「Jアノン」という他称で呼ばれたりする。
半年前、はてな匿名ダイアリーで「Qアノン」を解説して注目された記事も、「もし本当だったらすごいことになるぞ」と半信半疑な気持ちを表明していていた*4
anond.hatelabo.jp
この記事では実在の大富豪による組織的な性犯罪が「Qアノン」の陰謀論を裏づける証拠として語られている。
もちろんこれは古典的なトリックにすぎない。同じことをくりかえし予言すれば、一度でも当たったと思えれば、無数の外れた予言は信者に無視してもらえるものだ。
「Qアノン」が主張していたように民主党の有力者と親交があったが、それは交友関係が広い大富豪だったがゆえにすぎない。事実としてトランプ大統領とも関係があった。
www.afpbb.com

 ドナルド・トランプDonald Trump)大統領は2002年、当時親交のあったエプスタイン被告について、「彼は美しい女性が好きだ。その多くは若い方だ」と述べていた。

そもそも組織的な幼児性愛犯罪は悪魔崇拝と対立する世界でも明らかになっている。そうした事件が存在するだけでは、そのまま「Qアノン」の予言が的中したことにはならない。


匿名記事では、同種の事件が明らかになっていない日本で「Qアノン」が存在することと、政権支持が目立つことが謎とされている。
そこで日本の「Qアノン」を支えている要因は、もともとインターネットにはびこっている反中国的な思想だろう。中国が世界でおこなっている策謀を過大視する陰謀論があり、中国と対立する権力者としてトランプ大統領と安倍政権が期待されていた*5
もちろん中国政府の反人権政策などは批判されてしかるべきだ。しかし中国非難でさえあればデマばかりのカルト宗教メディア大紀元*6にも飛びつくような、安易な陰謀論にまどわされる人々では、有意義な批判はできない。
ここで「Q」とは別の流れが合体する。トランプ大統領のブレーンだったスティーブ・バノンが亡命中国人の郭文貴とくんで、WEBメディアでジョー・バイデン候補をおとしめる情報を流していた。
webronza.asahi.com
もちろんバノンは2018年にトランプからも切られていたし、8月には郭文貴とともにFBIの捜査対象になった。そのWEBメディアをやすやすと信用できるはずもない。
jp.wsj.com
しかしバイデンの息子ハンターの性的虐待疑惑は日本の一部でおもしろおかしく話題にされた。明らかな事実なのに報道されない事件と位置づけられ、マスメディアへの不信感を強め、「Qアノン」の信仰を深めていった。


このハンター疑惑がくりかえし語られていたのが、冒頭で紹介した「双葉」内にある「二次元裏@ふたば」という掲示板だ。
違うサーバ上に同名の掲示板が複数あるが、「Qアノン」は最もスレッド数の多い「may」サーバでスレッドを立てていたようだ。
may.2chan.net
画像掲示板である「双葉」は「2ちゃんねる」と比べてスレッド数が少なく、ログの保存もされないので、残念ながら確認は難しい*7
ただ少なくとも「Qアノン」のそれは、やたら長いテンプレートなどで明らかに他とは雰囲気が異なっていた。たぶん他のコミュニティから排除されて流れついたのだろう。
「双葉」内でも、問題のあるスレッドを管理人へ報告する「del」機能によって、立てられてはすぐ第三者から見えにくく隔離されていたようだ。
政治家としては地味で、日本では知名度のないバイデンの、それも家族という間接的な疑惑では耳目を集められなかったのかもしれない。そもそも「may」の規約に「政治はだめ」と赤字で書かれており、掲示板のルールに反していた。
しかし「del」は個別の書き込みも削除依頼できて、報告者の数が多いほど有効になる*8。ゆえに隔離されたスレッド内での異論は排除され、信仰が強化されていった。


さらに米大統領選が近づくにしたがって、「may」における「Qアノン」の活動も活発化していった。
もちろん「双葉」にとどまらずインターネットの内外で米大統領選は話題になっていたし、しょせん匿名掲示板の活動にすぎない「Q」と違って、トランプ大統領自身や共和党の有力者も陰謀論をとなえていった。
hokke-ookami.hatenablog.com
浮いていた「Qアノン」も掲示板の雰囲気になじんだのか、それとも大統領選にまつわる多数の情報で「双葉」の住人も興味をひかれてスレッドに参加するようになったのか、隔離されながらもスレッドの進行速度はあがっていった。
やがて「Jアノン」*9のスレッドは「エンターテイメント」と称するようになり、トランプ大統領の勝利法を「ログインボーナス」と称してまとめ*10、来たるべき日を楽しむようになった。
トランプ大統領が訴訟すれば勝利の予感に愉悦し、各州で却下されれば最高裁で勝つ準備だと主張した。まさに『阿Q正伝』の「精神勝利法」を見るかのような光景だった。

もちろん米大統領選でトランプは明確に敗北した。最高裁でも訴訟は門前払いされた。なかなかトランプ側は敗北を認めないが、おかげでただの手続きひとつひとつでバイデン側が勝利を宣言する事態になっている。


「エンターテイメント」スレッドは書き込み数の上限いっぱいまで陰謀論を語りあっては新たに立てられていたが、ついに「may」から去った。
現在はようやく規約にそって専門掲示板の「政治@ふたば」へ移っている*11
nov.2chan.net
このままでは勝利できないことは認めたのか、現在は「エンターテイメント」と称することはやめて、素直に「不正選挙」をうったえるスレッドになった。
勢いがあるためか、元の住人が少なかった「政治@ふたば」を占有。全スレッドをサムネイルで一望できる「カタログ」モードで見ると壮観だ。

各「不正選挙」スレッドを読むと、飛びつきたい陰謀論の供給が少なくなったためか、逃避するように大統領選とは関係ない雑談をしているところも多い。トランプ敗北の指摘に攻撃するマジな人が多いツイッターと比べると、「エンターテイメント」なネタとして消費していただけ、良くも悪くも距離をとりつつあるのかもしれない。
とはいえ怪情報を集めて新たな「ログインボーナス」をまとめ、陰謀論をとなえることはやめられないでいる。そこで過去の「ログインボーナス」をていねいに検証している様子もない。
スレッドの消費が早くてログも残らない「双葉」は、過去の主張が検証されることから自然に逃れられる。画像掲示板という形式は、結果としてでも陰謀論と相性がいいようだ。

*1:以下、「双葉」と略す。

*2:現在は「5ちゃんねる」。

*3:「アノン」はアノニマス、つまり匿名の意。

*4:しかし途中で紹介している「DDT」……すなわち「囮を使い、気をそらし、ゴミを大量に投げつけることで真実を隠す手法」がしかけられているという被害者意識が、実際はデマの責任をとらずにすむ論法でしかないことに気づいているかどうか。「Q」も完全に破綻するか人気を失えば、いずれ「囮」や「ゴミ」と見なされるだろう。

*5:中国の策謀は現実にあるが、それを過大視して日本政府を信用したことで、日本学術会議への攻撃がおこなわれたことも記憶に新しい。 www.asahi.com

*6:米大統領選でもさまざまなデマを流していた。

*7:かつて「双葉」には複数のログサイトがあったが、著作権法の改正などにともない、ほとんど閉鎖か縮小しているようだ。

*8:「delが閾値を超えるとid表示」と規約に書かれている。

*9:ここでは、トランプ支持ではあるが、必ずしも発端の「Q」は支持していないという意味。

*10:「Jアノン」内で流行している陰謀論を確認するには便利ではある。

*11:IPアドレスが強制表示されているので、スレッドの参加者が複数いることもわかることが恐ろしい。