法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『リング』

他に誰もいない夜、呪いのビデオを見たことを友人に話す少女。冗談めかしてふるまうが、恐怖が現実となって襲ってくる。そして少女の葬儀に出席した叔母の浅川玲子は、先にTV関係者として呪いのビデオを取材していたこともあり、恐怖にひきよせられていく……


鈴木光司のホラー小説シリーズ1作目を1998年に映画化。中田秀夫監督に高橋洋脚本という『女優霊』のタッグで作られた。

たしか1996年ごろ、すでにベストセラーだった原作小説からのコミカライズを読んで衝撃をおぼえたが、それゆえ数年後に大ヒットしてJホラーの基礎となった映画には苦手意識があり、きちんと見ないままだった。

原作小説は『らせん』『ループ』まで読んでいるものの、『リング』の映像化は連続TVドラマを見たのと、ホラー映画の紹介などで映画版の予告やクライマックスの映像を見て、近年の『貞子3D』や『貞子VS加耶子』をアクションホラーとして楽しんだだけ。
そのような最もショッキングな瞬間が消費されきった現代に、あえて原点を確認するつもりで視聴した。『ビデオドローム*1と同じく、せっかくならVHSテープで視聴したかった気分はあるが、いたしかたない。


まだ映画館の座席が入れ替え制ではなかった時代、『らせん』との同時上映を前提としているためか、上映時間は100分に満たない。原作どおり死ぬまでに1週間のタイムリミットがあるので、予想より時間がどんどん飛んでいく。それでいて調査が終われば時間をもてあますので、台風のような天災で移動を制限してサスペンスをひきのばす。
原点に思いいれのない監督が映画化を前提にして設定を構築した『貞子VS加耶子』がタイムリミットを3日間に再設定した理由がよくわかった。時間経過をあらわすテロップ演出は終盤で意味をもつものの、TVドラマを見ているような古さを感じた。
とはいえ、主人公を女性のTV関係者にしたり、相棒の高山を超能力者にして、調査したり真相に気づく場面で情景が退屈にならないよう工夫していたことは悪くない。まだインターネットが普及しておらず検索エンジンがつかえない時代、一般人が情報を調べる限界をクリアするためでもあったろう。
次に、意外な怖さがあったのが主人公の子供。漫画では、あくまで妻とあわせて守るべき対象という印象にとどまっていたが、母子家庭になった映画では主人公を恐怖にひきずりこむ恐るべきキャラクターのよう。特に、喪に服した親戚の邸宅を徘徊する姿は、まったく期待してなかった怖さがありつつ、今となっては時代性を感じさせる自宅葬の珍しさもある。
さらに呪いの根源たる貞子が死亡した経緯が映画版では完全に変更されていて、それを逆算するように貞子自身の設定もただの強力な超能力者という設定にとどまらず、海の向こうの超越的な何かが親という背景が憶測されている。この背景はクトゥルー神話的でありつつ、原作の完結編『ループ』の設定も連想させる。今となっては困難だろうが、日本映画に可能なスケールでホラー作品の枠組みにとどめた『ループ』の映像化もありえたのかもしれない。


そして有名なショッキングな瞬間の前に、しっかり井戸のセットを底まで作って尺をつかって、タイムリミットがせまる恐怖をジメジメと嫌な空間で展開したことも感心した。先述のようにその後の展開も知っていたが、それでも登場人物の不快感に共感できた。
また、その後のショッキングな瞬間は残り時間がきわめて少なくて、知っていてなお当時の観客の驚きに共感できた。映画のエンディングが5分以内に終わる時代ならではのツイストだ。問題の瞬間も予想外に一瞬のカットなので当時の特撮技術でも粗が気にならない*2。残念ながら当時のショックと恐怖を追体験できるほどではなかったが、消費された今見ても雰囲気はまだ成立している。
この終盤にくるまで足元だけ見える謎の女性など、恐怖が実体をもって登場する前振りを積みかさねたのも良かったのだろう。


ただ、そうした決定的な恐怖に出会って死をむかえる人々の姿は、現在に見るとかなりつらい。恐怖におののいて白目をむいて固まっている表情が、劇中で評されるほど奇妙には見えない。コントでよく見るような、いわゆる変顔でしかなかった。
また、恐怖にせまられる人の描写をクローズアップの色調反転でストップする演出は、今となっては安っぽい恐怖映像集のようで、見ていて逆に現実にひきもどされた*3

いや、たぶん当時でもダサくて古臭かったのではないだろうか。同時代のアニメを見ていて、そうした反転はすでに古い演出と思った記憶がある。映画の数年前の『新世紀エヴァンゲリオン』で省力のため多用して、演出手法として消費されきっていたためだろうか。それとも反転をやりやすいビデオ作品が増えたため、実写でも安易に多用されていたためだろうか。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:視覚効果監修は松本肇。他のVFXは主にマットペイント合成のようで、雲などが絵のようと感じることはできるが、見ていてさめるほどではない。

*3:7分42秒、7分44秒。