堂島という中年男がバーに入り、気にいっていたカレーを食べたいとたのむ。その日はカレーがメニューになく断られたが、堂島のとなりに座った杉下もたのみこみ、ふたりで材料を買ってくるからとカレーをつくってもらう。買い物をしながら観察する杉下は、遺産だけで生活している堂島が何らかの犯罪に関係しているのではないかと疑っていた……
脚本は新人の光益義幸が初参加。怪しい人物を杉下がおさえ、亀山が足を使って捜査する、定番のようでいて、たったひとつのトリックで伏線が見事に回収されていく結末に感心した。
まず、タクシーに残された血染めのマフラーから、先に乗っていた堂島という男を調べていく発端はありふれている。一課が同時期の強盗殺人にかりだされていて、特命係ふたりだけで不明瞭な事件を追う展開も、この作品では定番だ。
もちろん独立して捜査されている強盗殺人が堂島にかかわってくることも予想できるし、監視カメラ映像で堂島が出会っていた金髪男がその犯人ということも意外性はない。金髪男が空き巣を見とがめられて階段をつきおとすスタントアクションが良かったくらい。
他人と距離をとって生活していた小金持ちの堂島が若い女性と新たな生活をしようとしていた推理は普通。その若い女性が恋人ではなく、最近に判明した隠し子らしいという展開も、たいしたひねりではない。若い女性の恋人は金髪男で、堂島はわかれさせようとしていたという逸話も、一課の追う事件を特命係とからめるための最低限の設定にすぎない。
ただ、その若い女性が堂島とわかれた母とともに育ったとはいえ、金髪男に殺された時にうらみごとを残した描写は引っかかりをおぼえた。
とはいえ、普通の人情ドラマとして終わるだろうと思っていた。どのような選択もうまくいかず、ただ遺産を食いつぶして腐っていくだけの堂島のドラマとして。自殺用と思われるロープを堂島が購入していたことも、序盤で情報が開示されている。
やがて捜査のための時間稼ぎにつかわれたカレー調理も終わり、それを最後の晩餐として食べる直前に、意外な事実が判明する。
特別に美味なわけではないが食べたくなるというカレー。バーがテーマにしていて、堂島も愛好しているチャップリンの『街の灯』。無茶な願いも最終的に引き受ける、快活で好感をもてる若きバー店主。
杉下がスマホで確認した盗品リストにある未開封の手紙。さりげない描写だが、堂島の子供をひとりで生んだ女性が子供へ告白の手紙を残していた描写が直前にあり、不思議と印象づけられた。
そして実は堂島の娘は殺されていないという杉下の指摘から、堂島親子の物語の構図がひっくりかえっていく。実は堂島のわかれた女性がのこした手紙は、空き巣で盗まれていた……
その手紙を利用して、金髪男の恋人が堂島の子供になりすましたという真相は、きちんと手がかりが配置されていたからこそ意外性と納得感が両立していた。未開封の手紙が母の手紙ということは指摘されると気づいて当然だったと思えるし、たしかに封筒の宛名と手紙の文字のていねいさは違っている印象があった。なりすましの親子関係がしばらくつづいていたことに、物語として良い意味での悪趣味さが生まれてくる。
それでいて、目の前にいるバー店主が堂島の真の子供という新たな事実で、さらに味わいが変わってくる。娘とは性別が異なるために盲点となっていたが、たしかに手紙に性別を特定する表現はなかった。物語の都合にあわせた偶然のようでいて、堂島が女性とかつて近くで店を出していたという回想や、好きなチャップリンをテーマにしているからバーに入ったという始まりが、意図せず出会う確率を高める。特別に美味しいわけではないのに愛着をもてる味のカレーという伏線も納得感ある。
そのように出会いをつくりだした『街の灯』の結末はさまざまな解釈が可能という会話が、今回の物語全体のモチーフともなる。脚本の構成と構造が美しい。