法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ライオン・キング』

サバンナをすべるライオン、ムファサにあとつぎが誕生した。その名はシンバ。しかし幼いシンバは王の息子として増長するように育ち、叔父のスカーにそそのかされ、危険な地へ向かってしまう……



2019年の米国映画。1994年に公開されたディズニーの手描き主体アニメ映画を、ディズニー自身が3DCGで実写調にリメイクした。

同年に公開された『アラジン』*1につづく実写リメイクの一環だが、こちらは生きている動物を使用していない。実景をそのまま使用したのは1カットくらいらしく、残りは動物も背景もすべてデジタル技術で原典を再現したという。よく見ると飛ぶ鳥の群れには個性が感じられないし、水面はすべて鏡のように美しく泥水が出てこない。
www.rm2c.ise.ritsumei.ac.jp
つまり実写というよりフォトリアルをつきつめた3DCGアニメだ。しかし実写映画に使用されても違和感の少ないだろう動物が、そのまま擬人化された物語を演じることにハイパー・リアリズムのような異様な雰囲気が生まれてはいた。


物語については、記憶のかぎりでは原典の1994年版と大差ない。検索して調べても、ごくわずかな改変しかされていないようだ。
描かれるのは古典的な貴種流離譚で、いわゆる「アップデート」をまったくおこなわず、動物たちに演じさせるだけ。
本来の保守的なディズニーがそのまま現代によみがえったかのよう。それが実写とみまがう映像で表現されるため違和感がすさまじい。


まず主人公にまったく魅力が感じられない。スカーの策略でサバンナから逃げ出した後、シンバが王になるよう仲間から求められる理由が血統以外に存在しない。誰のいうことでも素直に聞きいれることが王の資質だといった説明でもあれば理解できるが、本当にただ受け身なだけで終わった。
スカーの支配下において、肉食動物のライオンが抑圧されつつ、スカーに協力しているハイエナが伸長しているとして、なぜサバンナが荒野になったのかもわからない。古臭いスカベンジャー設定のハイエナと考えて、生きている草食動物を殺さないため草木が食べられすぎたのだとしても、その荒野に草食動物が増えているようにも見えない。荒野化した後に草食動物も激減したというなら、そういう経過の描写がほしい。
映像ソフトの特典として、ナショナルジオグラフィック等と連携した「ライオンを救え」という事業が紹介されるが、ここまで現実の生態系を無視した物語を展開していては説得力がない。それゆえのエクスキューズという解釈もできなくはないが。


ちなみに参照元と疑われている手塚治虫の『ジャングル大帝』では、動物たちが種族の壁を超えることも、それでつくられた社会が人間のそれに似ていることも、きちんと設定が構築されている。

そうした設定をつかわず動物をキャラクター化したドラマも、手描きアニメくらいデフォルメされていれば理解できた。しかしフォトリアル化したリメイクで抽象性を失うなら、それにともなう改変をすべきだった。せめて擬人化する範囲は肉食動物だけの物語にするべきだったのではないだろうか。
しかし、たとえ擬人化の範囲をせまくしても、スカーを殺した後のハイエナがどうなったのかがわからない問題もある。スカーもハイエナもただの陰謀をはりめぐらせる悪玉でしかなく、まったくドラマに奥行きがないのに、ハイエナを無視して物語が終わるためカタルシスもないのだ。
たとえばスカーなりに兄を尊敬していた側面もあったとか、ハイエナの女王は見下されるなかで反抗心をたもつ気高さもあるとか、そういう尊重すべき側面を描きつつ過ちを否定してほしい。おそらくそういう悪役の違う側面を出さないのがディズニーの作風で*2、それゆえあまり好きではなかったし、現在も首をかしげることが多いわけだが。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:もちろん悪役性をつきぬけることで魅力が生まれたキャラクターは過去からいて、善悪をいれかえた『マレフィセント』のような実写映画もつくられているが。