法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

その時点で五輪反対デモに参加してない人物をなぜ閉会式の前日に取材したのか、NHKの報告書に説明がない

東京五輪公式ドキュメンタリの制作風景を報じたNHK番組のテロップ歪曲問題だが、くわしい報告書が公開されたという。
www.tokyo-np.co.jp
公式ドキュメンタリ側はテロップ歪曲に関与しておらず、NHK側だけに責任があると、あらためて説明されたそうだ。

「五輪に対する多様な声を取り上げたいとして、NHKが取材した約10人の中からディレクターの判断で選択した。この判断に公式記録映画の関係者は一切、関わっていない」と説明。河瀬さんら公式記録映画関係者による字幕への関与をあらためて否定した。
 報告書では、河瀬さんら映画関係者や視聴者に加え、五輪反対デモ参加者にも初めてお詫びする文言が入った。

遅まきながら五輪反対デモ側への謝罪が入ったのは、一歩前進といったところか。
そこでNHKが公開したPDFファイルの報告書を読んだところ、五輪反対デモ参加者は「番組で取り上げさせていただいた方々」にふくめていた。
https://www.nhk.or.jp/info/otherpress/pdf/2021/20220210_2.pdf

今回の番組は、すべてNHKの責任で、取材・制作しており、東京五輪公式記録映画(以下、公式記録映画)とは内容も異なります。番組にご協力いただいた監督の河瀨直美さんはじめ公式記録映画の関係者のみなさま、インタビューに答えていただいた男性、五輪反対デモに参加した方など番組で取り上げさせていただいた方々、視聴者のみなさまに重ねて深くお詫びいたします。

むしろ五輪反対デモ参加者をきちんと番組でとりあげなかったことが問題だったように思えるのだが。


さらに前後した東京新聞記事の記述で、公式ドキュメンタリ側が接近した男性について少し具体的な取材内容が明らかにされて、いっそう疑問が深まった。

問題の場面が撮影されたのは昨年8月7日で、放送された部分以外には「お金をもらって、いろいろなデモに参加している」「五輪反対デモは行かない」「コロナが増えるから五輪はやめた方がいいと思う」という主旨の音声が撮影素材に残されていた。一方で担当ディレクターは、男性からは「デモに参加することで2000円から4000円をもらうことがある」「五輪反対デモに参加する可能性はあるという話を聞いた」と説明。しかし、NHK内部調査チームの聞き取りに対し、男性は「五輪反対デモに行ってみたい、という話をしたと思う」としつつも「8月7日以降も、五輪反対デモには参加していない」と証言したことから、報告書は「男性が五輪デモに参加したという確証は得られなかったため、字幕の内容は誤りだったと判断した」と結論づけた。

東京五輪の閉会式は8月8日におこなわれている。その時点で「参加する可能性はある」「行ってみたい、という話をしたと思う」という男性を取材した意味は何なのか。
一応は閉会式まで短時間でも五輪が開催されているとはいえるし、開催終了後も抗議のため反対デモをおこなうことはできる。一般論として、期限が近づくことで参加したくなる心理は珍しくない。
しかしデモ参加者を代表するような存在ではないだろう。
過去にデモで金銭をもらいながら閉会式直前まで反対デモに参加していないのであれば、むしろ反対デモと東京五輪の両方に距離感をもっていた立場ではないだろうか。
そして報告書が「二重構造」と表現しているように、NHKが男性を単独取材したわけではない。公式ドキュメンタリ別班スタッフの島田角栄氏が取材し、その風景をNHKが撮影してテロップをつけたのだ。
hokke-ookami.hatenablog.com
上記エントリで紹介したように、島田氏は「編集」をNHKにまかせたと説明していた。しかし今回の報告書には「NHKが取材した約10人」とある。

取材や撮影を行う河瀨さんなどをNHKが取材するという、いわば二重構造となっています。問題となった字幕のシーンに登場する男性は、五輪に対する多様な声を取り上げたいとして、NHKが取材した約 10 名の中からディレクターの判断で選択しました。この判断に公式記録映画の関係者は一切、関わっていません。

もちろんNHK番組に登場させる判断はNHK側がおこなっただろう。しかし公式ドキュメンタリの取材対象になった判断までNHK側がおこなったとは考えづらい。


それでは島田氏はなぜ取材したのか。どのような経緯で接触したのか。報告書によると開会式の日に声をかけてきて、後日に取材することになったという。

開会式が開かれた 2021 年 7 月 23 日、映画スタッフが都内を取材中に、初めて会いました。同行取材をしていたカメラマンによると、通りかかった男性から映画スタッフに声をかけてきたということで、映画スタッフはその場で後日インタビューする約束を取り付けたということです(ディレクターは別対応で不在)。8 月7日、映画スタッフからディレクターに、男性のインタビューに向かうという連絡があったということです。

どう読んでも取材対象にする判断は島田氏がおこなっていて、NHK側はその連絡を受けただけの立場だ。
なるほど開会式で声をかけてきた人物を閉会式の直前に取材すると興味深い見解をひきだせるかもしれない。しかし島田氏の意図は報告書には書かれていない。
意図を推測させる材料として島田氏が自身の言葉で「プロの反対派もいてるし」と語った場面があるが、報告書は下記のように無関係という島田氏の説明を採用している。

映画スタッフは、調査チームのヒアリングに対し、「プロの反対側」とは、強い思いをもってデモに参加している人たちのことであり、当該シーンの男性のことは全く念頭になかったと否定しています。放送で使われなかった映画スタッフのインタビュー素材にも、当該シーンの男性と結び付けるような発言はありません。

しかし島田氏は、「プロの反対派もいてるし」に対置するように「ほんまに困って反対派もいてはるし」とつづけ、「一概に反対派っていうひとくくりも なかなかね」とむすんでいた。

「強い思い」と「ほんまに困って」は違う意味だろうか。もし同じ心情を違う表現でつづけて強調したのなら、ひとくくりにするべきではないという見解と齟齬を感じる。


また、報告書が検証している男性の発言は、五輪反対デモに参加したかどうかだけ。実際に他のデモに参加していたのか、そこで金銭が出たのか、確認している文章が見当たらない。
男性がNHK側に証言したことは確認しているが、その証言そのものの裏をとっているとは思えない文章であり、金額以外の具体性は欠けている。

男性は、調査チームのヒアリングに答え、ディレクターに対して、▽デモに参加することでもらえるのは 2000 円程度、▽五輪反対のデモに行ってみたい、という話をしたと思うと証言しています。

NHK側も何度も男性にヒアリングしたそうだが、どのデモに参加していたのか質問をいっさいおこなわなかったのだろうか。
このままではNHKだけでなく報告書まで、不特定多数のデモに日当が出ているという偏見を強化しかねないように思う。この部分の続報も期待したいところだが。