法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

五輪反対デモ歪曲テロップ問題のBPO報告が出ていたが、あくまで放送局を審議する組織なので、まだNHK側の問題しかわからない

hokke-ookami.hatenablog.com
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上記エントリで書いたようにNHK単独の報告書では経緯がよくわからなかったが、BPOによる報告書ではテロップが少しずつ改変された過程がわかるようになっている。
https://www.bpo.gr.jp/wordpress/wp-content/themes/codex/pdf/kensyo/determination/2022/43/dec/0.pdf
番組タイトルでつかわれた河瀨直美氏をのぞいて、テロップなどで明らかにされていた第二班監督の島田角栄氏や番組スタッフは匿名で記述されている*1


単純にまとめれば、組合のデモにおいて飯代くらいは出るという発言と、五輪反対デモに出る可能性があるという取材後の発言を、まず深く考えずにテロップとしてならべたようだ。

島田氏が「普段、どういう生活、どういうお仕事をなされてるんですか」と尋ねると、男性は、労働組合のいろいろなデモに行っている、お金をもらえるが飯代ぐらいなどと答えた。デモに行くのが仕事かと尋ねられると、仕事は何もやっておらずデモにはボランティアで行っているだけだなどと応じた。男性は五輪反対デモに参加する予定があるかを複数回質問されたが、五輪反対デモには行かないし行きたくないと繰り返し否定した。

ディレクターが男性に「さっきのデモの話なんですが」と水を向けて五輪反対デモに行く予定はないのかを改めて質問したところ、公園での問答とは異なり、
行く可能性は全然あると答えたとのことである。もっとも、ディレクターはこの時カメラを回していない。この発言を絶対撮りたいと思っていたわけではなかったためだという。メモも取らなかった。そばにいた島田氏はそのやりとりを聞いていなかった。

NHK内部の試写*2においてディレクターに確認をもとめる意見が出たが、ディレクターは島田氏に間接確認しただけで、証言した男性に直接確認することはなかった。ここで島田氏と認識に決定的な食いちがいも起きている。

ディレクターによれば、編集中に気になった点も含め、次の3点を尋ねた。①島田氏がインタビューで言及した「プロの反対側」とは東京の山谷地区で取材した男性を指すのか、②男性にボカシをかけなくてもよいか、③男性は五輪反対デモに行く可能性があると述べていたか、である。すると、島田氏は①と③は肯定し、②についてはボカシを入れた方がいいだろうと答えたとのことである。
 だが、島田氏の証言はディレクターの証言と大きく食い違っている。ディレクターが12月9日の電話で尋ねたのは上記3点のいずれでもなく、パンクミュージシャンの肩書の確認のみだった。男性のシーンに関する島田氏とディレクターとのやりとりは12月9日よりずいぶん前に電話で一度あっただけで、男性の映像を使うという伝達とその顔にボカシをかけるべきかの意見を求めるものだったという。島田氏は、NHKの作品ですからNHKの好きにしてくださいと答えたとのことである。

いずれにしろBPONHK側の確認不足をきびしく批判している。たしかに放送局の問題を検証する以上、間接確認についての島田氏の認識が事実であれ虚偽であれ、男性に直接確認しなかった根本的な怠慢は変わらない。
また少なくともこれ以降は「プロの反対側」が男性を指すとディレクターは考えていたことになる。ディレクター自身の認識においてもだ。報告書は結論で「デモの価値をおとしめようという悪意が介在していたかどうかは不明」としているが、ディレクターが偏見をもって番組制作していたことまでは明らかではないだろうか。


そうして複数回の試写でNHK内部から意見されてテロップの文言が少しずつ変化した。しかし先述のように男性に確認しなかったことはもちろん、取材時の男性の発言を再確認することもなく、むしろ修正するほど事実からはなれていった。
その証拠に、デモは仕事ではなくボランティアだと取材時の男性が語っていたのに、テロップは途中で「実はアルバイトだと打ち明けた」という文章になっていたという。
最終的に、取材後の発言が事実だったとしても今後に参加する可能性にすぎなかったことが参加したと発言していたことになり、デモへの参加と飯代という異なる話題も金銭による動員として関連づけられた。

確認や変更によって字幕は「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」となり、確定した。そして、男性が発した言葉には「デモは全部上の人がやるから (主催者が)書いたやつを言ったあとに言うだけ」「それは予定表をもらっているから それを見て行くだけ」との字幕が付された。

放送後は、当然さまざまな同調と批判がよせられ、すぐ歪曲が明らかになってからは現在まで反響がつづいている。


NHKには反響を予測できたスタッフはひとりもいなかったという。貴重な告発を番組で重視せず点描にとどめていたことから、その可能性は高いのだろう。
予測できなかった原因として報告書から推測できるのは、担当したディレクターの山口洋樹氏*3はスポーツ番組でキャリアを積んでいて、東京五輪からはじまる企画だったこと。

企画の提案者は大阪放送局のディレクターである。主にスポーツ取材の経験を積んできたディレクターは東京五輪に際して何か番組を手掛けたいと思い、公式映画の製作過程をドキュメンタリー番組にすることを考えた。

ディレクターは入局から20年近くになる中堅職員で、スポーツ番組を軸として経験と実績を積んでいた。ヒアリングでは、経験のあるディレクターだから細かいことを言うべきではないと思ったといった趣旨の声がいくつか聞かれた。

社会活動への最低限の見識がない問題はおそらく山口氏だけではない。デモにまつわる発言が重大な意味をおびているとは思わなかったスタッフが他にもいるようだ。

本件放送に関わったスタッフの中には、デモのことはよく知らない、プロの反対側という言葉は考えたこともなかった、デモの取材経験はなくそれほど関心もない、デモの参加者にお金が支払われるということについても違和感を抱かず、報道価値も感じなかったなどと語る者もいた。

スポーツは肯定するものという前提で番組制作をしてきたスタッフが、その意識のままスポーツイベントへの批判理由を解明しようとしたのであれば、番組企画の時点で無理があったのだろう。


しかしNHKの問題は明るみに出たとして、五輪反対デモについて誤認が広められた問題そのものを考えるならば、そうした追及への拒絶をツイッターで肯定した河瀨氏や取材対象を守らなかった島田氏も検証対象になるべきではあろう。
たとえば報告書で島田氏が説明している「プロの反対側」の真意は、「プロの反対側もいてるし ほんまに困って反対派もいてはるし」という対比的な実際の発言と比べて違和感がある。

ディレクターは島田氏が語った「反対側っていってもいろんな反対側がいてるんでね」「プロの反対側もいてるし」という具体例として、男性のシーンを充てた。ディレクターが「プロの反対側」とは「お金をもらっている人」とイコールであると捉えたためである。しかし、島田氏はこの言葉には熟慮してものを考え、デモの届け出などもしっかりと行う「プロフェッショナルな人々」という意味を込めたのであって、金銭をもらって参加する人を指したのではなかったという。

また、公園で男性がビールを飲みながら発言する光景は、一部で疑われていたように島田氏の取材によって作られたということも報告書によって明らかにされた。

ディレクターと島田氏は午後4時に合流し、男性の宿泊先に向かった。ざっくばらんにインタビューを進めたいと考えた島田氏は、途中で缶ビールを2本購入した。

近くの公園でインタビューすることになり、3人は歩いて向かった。島田氏は男性が歩くところから撮影を始め、ディレクターは少し離れたところから2人に向けてカメラを回していた。公園に着くと、島田氏は男性に改めて公式映画の取材であることを説明し、同時にNHKの番組に出演する可能性があることも伝えた。島田氏が男性にビールを手渡して取材が始まった。

これらの島田氏の手法がドキュメンタリとして許容される範囲かどうか、それはBPOの審議対象外だろうが、批判する意見があってもおかしくない演出だとは思える。

*1:以下の引用で、報告書で「X氏」と表記された部分は「島田氏」と表記する。またPDFファイルによる改行は排して、引用は話題ごとにことわりなく前後する。

*2:島田氏も河瀨氏も事前に番組を確認していないという。放映前の島田氏のツイートで番組を見ていないと説明していたので、そこは事実と考えて間違いないだろう。

*3:現在はBS1スペシャルの番組ページから確認できない他、なぜか関連する話題のページから名前が消されているという謎もある。