法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ドキュメンタリの星条旗ボカシが史実隠蔽のように疑われたが、実際は逆だったかもしれない、という逸話

id:foxnumber6氏がドキュメンタリについて評するなかで、分断を煽りかねないという意図を疑い、卑猥表現のようにあつかわれているとツイートしていた。


ドラマかなんかで講演するニコラ・テスラの後ろに掲げられた星条旗、たぶん南北戦争時の星が少ないやつにモザイクかけられてるんだけど何故?アメリカの分断を煽るから?
星が少ない星条旗は性器同様に猥褻

これに対しては「星の数が時代に合ってない可能性」を指摘する「鹿角はるひ@腰痛@haruhi360」氏のリプライがつき、「にー💡⚡️@nihmiu」氏がもととなった映像を紹介した。


FF外より失礼します。
こちらは1980年のユーゴスラビア映画「The Secret of Nikola Tesla」の抜粋でして、モザイクの下は50星になっておりました。
どうやら時代考証にそぐわないためNHK側でぼかされたのが正解のようです。


なるほど、わざわざご確認いただいてありがとうございます!すっきりしました!

NHKの歴史番組が再現映像を新規に制作できない場合、さまざまな資料映像を編集してつかうことは昔からよくあった。違う時代のものをイメージ的に利用することもしばしばあった。
そうした番組で考証にあわない場面をそのまま映していた過去を思うと、むしろ今回はイメージ映像や再現映像でもできるだけ正確を期そうという方向への制作者の変化と考えるべきなのかもしれない*1


上記のやりとりを見ていて、クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』が「ホワイトウォッシュ」と批判されたことと、その批判への反応も思い出した。


↓『ダンケルク』をBrexitとホワイトウォッシュの観点から批判してて、これかなりキッツい論点だと思う。クリス・ノーランの映画における政治と理想っていつもプロブレマティックだよね。
www.theguardian.com

史実では黒人もいたのに、多くの兵士を登場させながら映るのは白人ばかりという批判。
ダンケルク撤退を一挿話として描いた『つぐない』では黒人兵士と同行して会話する場面があったことも思い出す。

作品にマイノリティを登場させるべきという批判は、史実に存在しない活躍の創造を求めているのでは必ずしもなく、むしろ史実で無視された側面に光をあてるよう求める要望であることも多い。
逆にマイノリティを無視して制作された歴史作品は、作家性や史実の再現では必ずしもなく、過去の映画などで作られたイメージの無批判な踏襲にすぎなかったりするものだ。

*1:ただ、ボカシをかけた理由が他にある可能性がないとも断言できない。