法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

外国の製薬会社が一野党議員の一発言を理由に政府交渉で激怒することが、はたしてありうるだろうか?

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上記のAERA記事は、はてなブックマーク等で注目されつつ、官邸側の野党批判は半信半疑で受け止められていた。
[B! COVID-19] 菅首相が国賓級のおもてなしでワクチン前倒し要請もファイザーは“スルー”「野党のせい」と恨み節 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)
[B! COVID-19] 菅首相が国賓級のおもてなしでワクチン前倒し要請もファイザーは“スルー”「野党のせい」と恨み節〈dot.〉(AERA dot.) - Yahoo!ニュース
しかし医師で小説家の知念実希人氏は、官邸周辺者の野党批判発言を無断転載*1して「これはひどい」とツイートしていた。


これはひどい……

「ワクチン交渉は非公表なのでこれまで報じられていませんが、実は立憲民主党所属議員の軽率な国会での言動がファイザーの怒りを買い、ワクチン供給の遅れに一役買ったという重い事実があるのです」(官邸周辺者)

 問題となったのは、立憲民主党柚木道義衆院議員が今年2月12日の衆議院予算委員会での以下の発言だという。

「ワクチン確保が後手後手に回ってきてるんじゃないかと指摘もある中で、私はぜひ、3社以外でロシア製ワクチン、中国製ワクチンも含めて確保に努めるべき」

 当時、政府はファイザーと供給量や時期を巡りギリギリの交渉や駆け引きを行っていたという。

「この国会発言を知ったファイザー幹部は激怒。『我々のワクチンは世界が求めているものだ。日本以外に求めているところはいくらでもある』『国会という公式の場で、中国やロシアから供給を受けるなどという議論がなされているのであれば、日本の態度は理解した』として態度を硬化してしまったのです。難しい交渉が一層紛糾し、供

しかし、もともとのAERA記事からして国内治験を要求したと野党批判をしているものの、引用された官邸側の発言は「恨み節」という位置づけで距離をとっている。
「この国会発言を知った」と書かれているが、どのようなかたちで伝わったのだろうか。激怒された責任がどれくらい野党にあるだろうか。


そこで国会議事録でやりとりを確認すると、仮にファイザー側の発言が事実だったとしても、柚木氏の主張が正確につたわっていない可能性が高いように思える。
国会会議録検索システム

変異ウイルスへ対応するワクチン確保についても伺います。
 もちろん、今の三社のワクチンがどういう形で副反応が出る、あるいは効果があるということを確かめながらということだと思うんですが、他方で、この間、ワクチン確保がなかなか後手後手に回ってきているんじゃないかという指摘もある中で、私は是非、この変異ウイルスへ対応するワクチンの確保についても同時進行で進めていただきたいと思うんです。
 また、加えてお尋ねしたいのは、今朝の報道でも出ていますが、この三社以外、例えばロシア製のワクチン、大使館から協力したい、日本に供給したい、こういう報道も出ています。あるいは、中国製というものもあります。そういったものも含めて、ワクチンの確保並びに変異ウイルスへ対応するワクチン確保、こういったことに努めていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。

読んでのとおり、「是非」という表現で「確保」を求めているのは「変異ウイルスへ対応するワクチン」だ。それもファイザー、モデルナ、アストラゼネカの三社確保との「同時進行」で。
中国製やロシア製は、そうしたワクチン確保を求めた後、ふくめるように要求したにすぎず、明らかに優先度が低い。


それでも、ロシア製や中国製からも確保する選択肢を野党が言及しただけで、ファイザーは交渉で激怒するような企業だとしよう。
しかしAERA記事では、知念氏が転載した部分につづけて、官邸周辺者の発言を下記のようにまとめている。

柚木衆院議員が提案したとおりに中国製やロシア製ワクチンを確保できたとして、成果は出たかは、甚だ怪しいだろう。中国製ワクチンはデルタ株には有効性が低下するとされ、またロシア製ワクチンはEUでもまだ承認されていない状態だ。仮に確保しても日本国内ではほとんど活用できないということになりかねない。結局、野党の国会提案がワクチン確保の足を大いに引っ張ることとなったというのだ。

柚木氏はまさに同じ質疑で変異型ウイルスへの対応ワクチンを求めつつ、それとは別個に中国製やロシア製の確保を提案している。
ここでの官邸周辺者の主張は、柚木氏の質疑を歪曲していないと成立しない。確認しなかったのか、曲解したのか。


それに柚木氏個人ではなく、野党の責任を全体として問うならば、同じ委員会で先におこなわれた質疑に注目するべきだろう。
柚木氏と同じ立憲民主党に所属している大西健介氏が、国外に居住する日本人へのワクチン接種について論じている。

ワクチンの確保ができない国も出てくるんじゃないか。そういうところにいる日本人の方は、打ちたくても打てない。あるいは、打てる場合にも、在留先によっては、中国製であったりロシア製であったり、治験データが不透明で安全性に不安があるワクチンしか接種できない、そういう国もあります。世界中に駐在員のいる企業からは、日本国内で承認されたワクチンを在外邦人にも供与してほしい、こういう要望があります。

今言ったように、なかなかロシア製、中国製しか打てないような国に対して場合によってはワクチン供与を検討するということも、私は、日本で承認をされたワクチンを供与するということも場合によっては検討すべきじゃないかと思いますけれども、検討していただけませんか、まず。

明らかにロシア製や中国製よりもファイザー等のワクチンを信頼し、優先した供給を求めている。
対して政府与党の国務大臣である茂木敏充氏は「多くの国で外国人を別扱いとはしない方向となっていること、また、医療行為という事柄の性格上、現地の保健政策や法令に基づいて行われるべき」と答弁し、検討にとどめている。
大西氏の質疑後に柚木氏が質疑した順番で考えると、野党としてはファイザーに信頼性でロシア製や中国製が劣ることは前提にしつつ、確保を求めたと理解するべきだろう。
そして議論の流れを見ると、野党を批判するつもりで中国製やロシア製のワクチンを低評価するほど、政府与党こそが批判されるべき構造になっている。


ちなみに上記より少し前の2月3日に、立憲民主党参院議員である杉尾秀哉氏がファイザーの確保状況について質疑をおこなっている。
国会会議録検索システム

アメリカのファイザー本社が去年の暮れに日本側に、この六月までに全国民分のワクチン接種を供給するのが困難だと、こういうふうに内々に通知したというふうに聞いておりますけど、これについてイエス、ノーだけお答えください。

これに対して政府与党の国務大臣として、田村憲久氏が下記のように答弁している。

ファイザーですか。ファイザーは、そもそも基本合意においても全国民分のワクチンを供給するというのは、もう以前からそういうような基本合意ではございませんでしたので、そもそも全国民分をファイザーは供給する話にはなっておりません。

中国製やロシア製の供給を野党が求めただけでファイザーが激怒するなら、この田村氏の口調に対して気分を害することはなかったのだろうか。

*1:引用元を示していないため、明らかに引用の要件を満たしていない。後日にリプライで質問されて、ようやく「たしかアエラですね」と答えているだけ。