法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』

機械文明の王国で、排外される魔法使いとして生まれた姫エンシェント。城をぬけだしたエンシェントは海賊と出会い、王国をゆるがす怪物へ立ち向かう……
……という夢をなぜか何度も見る父子家庭の娘、森川ココネ。東京五輪の三日前、そんな森川のまわりに、夢を思わせる不審人物が出没し、修理工の父が逮捕される。


2017年の公開より少し未来の日本を舞台として、TVアニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の神山健治監督が手がけた完全オリジナルアニメ映画。

監督は原作と脚本、一部の絵コンテを担当。近年は迷走をつづけている印象があるアニメ作家で、特にこの作品は全体として作風が裏目に出ていた。
誤解をおそれずにいえば、良くも悪くも「アニメミライ」等のアニメーター支援事業作品のよう。後述するように三題噺のような作劇から、省力しつつ後進を育てるような映像まで。
そうした事業作品の平均くらいには安心して楽しめたが、ちょっと刺激が少なくて小さくまとまりすぎてもいた。そして2020年以降は、完全に時代遅れな夢物語になってしまった。


監督は三題噺のように物語を構成する。今作のお題となるのが「夢」や「自動運転」や「五輪直前の日本」だ。
お題にあわせて話をまとめるため、必然的に登場人物が駒になっていく。それが『攻殻機動隊SAC』シリーズや映画『009 RE:CYBORG』では、強者なはずの主人公すら歴史の流れに翻弄されるドラマとなり、おそらく意図せざる味わい深さをつくっていた。この方向性は意外とキャラクターを重視する押井守より、大塚英志が指摘する手塚治虫像に近い*1
しかしこの物語の主人公は最初から能力は平凡で、事件に積極的にかかわる性格ではなくてキャラクターが弱い。序盤の状況や設定に『東のエデン』のような強力なフックがあるわけでもない。古典をモチーフとして借りる手法もつかっていない。主人公は夢に逃げるためサスペンスに直面せず、状況に押し流される痛みや悲しみが浮きあがらない。
自動運転も争奪対象となる最新技術として説得力や魅力がない。現実の自動運転が制作中に予想以上に発展してしまったことを監督も映像ソフトのブックレットで認めていた。
くわえて争奪戦の対象が、五輪開会式で自動運転パフォーマンスをするためのプログラムだ。再計画して建設された新国立競技場もTVのニュース番組にうつされ、そこに懐疑はいっさいない。庶民視点の物語のようでいて、五輪のために追いたてられた弱者も映しだされない。


ただし、まにあわない計画を無理やり押しとおす妄執が事件の根幹にあることから、東京五輪失敗のプロセスを先取りした作品といえなくもない。
五輪開催はニュースで報じられる背景として描写されるだけで*2、個人的な夢を見つづけるメインキャラクターは誰ひとり熱狂しない。
おかげで作品全体で五輪の賞揚へ収束する『Fukusihma50』*3などと比べれば嫌悪感は弱かった。


そして残ったひとつのお題だが、「夢」をめぐるメッセージは悪くない。ソフトによるハードの自動化を「魔法」と位置づけ、それが人間が「夢」を見る余裕を生みだす*4
主人公が目ざめると夢のとおりに状況が変わっていた謎を、自動運転によるものと説明したのはシンプルなトリックで良かった。
さらに「夢」を見ることを願望をかなえることとはせず、別人の視点で世界を見ることと位置づける。その象徴として主人公の「夢」の正体が中盤でひっくりかえる。この真相にはかなり驚いたし、平凡で退屈な寓話と思っていた「夢」の印象も変わる。
スケールが大きいのか小さいのか派手なのか地味なのかわからないストーリーも、「夢」と「現」が重なったり反転したりして次はどうなるのかという興味では楽しめた。


また、自動化によって人に余裕が生まれることを賞揚するメッセージに、作品自体の制作手法で裏打ちしている良さもあった。
絵コンテ作業をデジタル化して意図を共有しやすくしたり、作画の多くをタブレットをつかって省力化したという。描線の単調さは一工夫ほしいところだし*5、そのためキービジュアルや静止画は魅力を感じられなかったが、動いている映像作品としては見どころが多い。
宮崎駿作品のようなエンシェント姫の冒険を磯光雄が作画したり、オムレツが蒸気をはらんでふくらむ作画が良かったり。主人公が住む田舎の情景もよく取材されている。
制作したシグナルエムディの方針は、以降に出力された作品の余裕ある健全さともども、好ましい傾向にあると思っている。ハイクオリティを求める視聴者からは期待外れという評価もわからなくはないが。

*1:こちらの書籍がくわしい。

*2:もちろん新型コロナ禍などなくても現実の東京五輪が映画と同じ内容になるはずがなく、それゆえ具体的な競技も開会式の描写もさけたのだろうが。

*3:hokke-ookami.hatenablog.com

*4:少しマルクス社会主義の一過程を連想した。

*5:最近では均質な線を撮影時に強調する技法も一般的になっている。ここはむしろデジタル化で向上可能だろう。 hotakasugi-jp.com