法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

セーラームーンを自分の絵柄で描くブームに、東南アジアのイラストレイターが参加して、どうして欧米の偏見という話題になったのだろうか

数日前から「#sailormoonredraw」というハッシュタグで、『美少女戦士セーラームーン』の1カットを再構築する遊びがもりあがっている。
セーラームーンを自分の絵柄で描く「sailormoonredraw」チャレンジ 漫画家やイラストレーターの美麗なイラストが集まる (1/2) - ねとらぼ

元となったのは、「美少女戦士セーラームーンS」の第36話(シリーズ125話)「輝く流星! サターンそして救世主」のカット。仲間と引きかえに大切な聖杯を渡すことを要求されたセーラームーンが、それを止めるセーラーネプチューンの声を受けて葛藤するシーンで、自分の意志が揺らぎそうになるセーラームーンを繊細な表情で見事に表現しています。

 この回の作画監督伊藤郁子さん。

その流れは作品の人気をあらわすように世界的に広まり、そのひとりとしてマレーシアのイラストレイターSilverjowが参加した。商業では男性同性愛者向けの作品を描いているらしい。

普段の絵柄の延長でありつつ、なかなか魅力的で技巧的な絵だと思う。丸い額の広さで骨格レベルで少女の幼さを表現しているのが面白い。
しかしなぜか欧米人によるアジア人への偏見を誇張した絵であるかのように受けとられたり、そうでなくても論争の発端になってしまっているようだ。


いうまでもなくマレーシアは東南アジアの国だ。そこに在住しているからといって人種が特定できるわけではないにしても、その絵が現地で受け入れられているとは考えられる。
もちろん自己の属性への偏見を作品化すれば、作者の人種や立場がどうであれ批判されることはあろう。しかしそうした醜悪な記号をもちいているようにも見えない。
ちなみにツイートを見ていけば明確に日本文化へのリスペクトを感じさせる作品もある。


むしろ私がSilverjow作品を見て感じたのは、日本のサブカルチャーの影響だった。実際に多様な人種を表現する絵柄から連想した作品がある。

世界各地のキャラクターが格闘戦をくりひろげるゲーム『ストリートファイター2』。それを村瀬修功がキャラクターデザインしたアニメ映画だ。同じようにゲームのコンセプトに要請されたキャラクターデザインが生まれ*1、そしてその絵柄に影響されていくことで、日本の漫画は多様な人種を絵として表現できるようになった。
念のため、Silverjow作品からは彩色や骨格の立体感から日本ゲームの影響を感じたということであり、他にも日本漫画が骨格で人種から老若男女を描きわけていった流れはある。日本人の容貌を生活感たっぷりに描いた大友克洋から、それを漫画絵として整理していった浦沢直樹などが有名だろう。


大塚英志 『まんがでわかるまんがの歴史』によれば、戦前の田河水泡から戦後の手塚治虫まで、日本漫画の絵柄はディズニーを代表とする米国アニメーションの影響下にあった。

つまり歴史的には、欧米人の自己イメージを日本人キャラクターに用いたところから日本漫画がはじまったといっていい。そこから先述のように多様な人種を描こうとする試みもくりかえされきた。
Silverjow作品もまた、模倣のなかで技術を拡張して、独自性を獲得していく試みのひとつではないか*2。そもそも「#sailormoonredraw」が、そういう遊びではなかったのか。

*1:もちろん人種をキャラクター化するコンセプトそのものがレイシズムに近接する危険性もあるが。

*2:セーラームーンをアジア人らしく描いたという解釈から高評価した受け手にも、自己の属性に近しいイメージで好ましいキャラクターを描いてもらったという喜びがあることは想像にかたくない。黒人ヒーロー大人気「黒人はバットマンになれない」覆す:朝日新聞デジタル