法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

演劇への支援を求める平田オリザ氏のインタビューについて、いくつかの代表的な批判を見ると、むしろ多くの反発は不当なものという印象を受けた

NHKのインタビューにおいて演劇への支援をうったえた平田氏が、製造業を軽視していると批判されている。
「文化を守るために寛容さを」劇作家・平田オリザさん|けさのクローズアップ|NHKニュース おはよう日本
その批判のひとつとして、ヒラヤマ タカシ氏によるnoteがはてなブックマークを集めていた。
平田オリザ氏炎上にみる、コミュニケーション教育は「他者と相互理解する能力」を害しているという現実|ヒラヤマ タカシ|note

平田氏の炎上の起点は、コロナ禍において芸術活動、とくに演劇活動への支援を訴える以下のインタビューの一部だ。https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/04/0422.html

製造業の場合は、景気が回復してきたら増産してたくさん作ってたくさん売ればいいですよね。でも私たちはそうはいかないんです。客席には数が限られてますから。製造業の場合は、景気が良くなったらたくさんものを作って売ればある程度損失は回復できる。

ヒラヤマ氏が紹介したdragoner_JP氏の批判も、さまざまな過去の平田氏の主張を参照しながら、発端のインタビューは上記の引用につづけて、「でも私たちはそうはいかない」で引用を止めている。
平田オリザ氏の「炎上」発言。本意は?(dragoner) - 個人 - Yahoo!ニュース
そしてヒラヤマ氏とdragoner_JP氏はふたりとも、平田氏が製造業について無理解だという主張を、一定の妥当性がある批判として示している。

知りもしない製造業を窮状を訴える枕にするべきでない、製造業だって同程度、それ以上に苦しいところもいくらでもあるだろう、増産で回復できないところも多くある、という素朴な指摘が主だったが、この部分について撤回すればいいだけの話に過ぎない。芸術への支援を訴えるという論旨自体は変わらないのだから。

他者に対する寛容を訴えながら、製造業に対してあまりにも無理解ではないか。これを聞いて製造業の人は寛容になれるか。そういった意見がネットに噴出、取り上げたメディアもあるなど炎上の様相を示しています。このインタビューの前に平田氏が舞台演劇界の窮状を訴えていた時、それなりに同情的だった筆者でも、流石にこれは見過ごせない発言だと思います。

しかし私には平田氏のインタビューと見くらべて、あまりにも引用が不当としか思えなかった。


なぜなら、両氏が引用した説明につづけて、平田氏は下記のように主張していたからだ。

でも私たちはそうはいかない。製造業の支援とは違うスタイルの支援が必要になってきている。

上記の文章から、製造業に支援が不要という主張を読みとるのは、いくらなんでも読解力に欠けていると思わざるをえない。
製造業が支援されることを前提として、それとは異なる支援を求めていると一意に解釈するべきだろう。
「スタイル」と表現していることから、求めている違いが多寡ではないことも読みとれる。


つづけて平田氏は、演劇以外にもある客数を増やしづらい身近な業界をとりあげ、そうしたものへ対応が行政は不慣れなのではと推測している。

観光業も同じですよね。部屋数が決まっているから、コロナ危機から回復したら儲ければいいじゃないかというわけにはいかないんです。

さらに後段で、文化政策への支援は「次の段階」として求めている。演劇を優先するよう求めるどころか、むしろ正反対の主張にすら読める。

大変なのは国民みんな一緒ですから、どうにかしのぐしかないんですが、やはりその次の段階では、文化政策としての支援は何か用意していただかないといけないかなと思います。

よほど恣意的な抜粋でもしないかぎり、さまざまな産業で演劇だけを支援するよう平田氏が求めているとは読みとれない*1


むしろ、国に支援を求める演劇界と違って製造業は支援されなくても回復できるといった主張のほうが、平田氏への反論としては成立しうる。
事実として、国家へ支援を求めること自体を嫌悪する反応も散見された。もちろん反論として成立することと、それに同意できるかは別の問題だが。


また、増産で回復できないところも多いという反論も成立しづらい。平田氏は「ある程度」と留意しているし、そもそも事態終息後の「V字回復」を企図しているのは政府与党だ。
令和2年4月17日 新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見 | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | ニュース | 首相官邸ホームページ

終息が見えてきた、あるいは終息した段階においてV字回復をしていくという中において、その消費を全ての国民の皆様が活用できる形で喚起していこうという判断をさせていただきました。

増産や消費増をめざす支援が製造業に対しても無力だとしよう。
その場合、その支援を妥当なものとしてあつかった平田氏にも一定の責任があろう。政府与党が演劇だけではなく製造業にも無理解ということは推測するべきだったといえるかもしれない。
しかし、ある程度まで有力と信じた平田氏よりも、そう騙した政府与党こそをまず批判するべきではないだろうか。支援をもとめる他者を誤読で反発して分断されるようでは、誰も救われない。

*1:あえて左翼としていえば、ここで平田氏が「国民」という線引きをしていることこそが批判に値する。