法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「ドイツやフランス軍による戦場での管理売春、従軍慰安婦、性奴隷」というTogetterの事実誤認

momoetbeppo氏のまとめたTogetterが、はてなブックマークを集めていた。
ドイツやフランス軍による戦場での管理売春、従軍慰安婦、性奴隷 - Togetter
しかし最初に資料らしきものを示しているツイートは、古くから日本軍慰安所との類似が指摘されているドイツのみ。
以降のツイートの多くは、必ずしも資料を示していないし、従軍慰安婦問題の争点を踏まえられていない。


まずタイトルの時点で、日本軍慰安所制度にかぎらず、あまり公娼制などの議論を踏まえていないことがわかってしまう。
この問題の文脈において「管理売春」という言葉は固有の語義があり、売春を公的に管理するという意味で使うべきではないのだ。
管理売春(かんりばいしゅん)とは - コトバンク

自己の占有・管理する場所または指定する場所に居住させ、売春させることを業とすること。売春防止法上の犯罪。

公娼(コウショウ)とは - コトバンク

政治権力が売春を公式に管理する形態を公娼制といい,その制度下における売春婦を公娼という。

ざっくり説明すると、「管理売春」とは主人がいて、娼婦に売春させる手法。「公娼制」とは自発的に売春する娼婦を、公的に認可して管理する手法。
ここで基準となるのは、売春における娼婦の自発性だ。公娼制において売春をおこなう場所を、「貸座敷」と呼んでいたことを思い浮かべるといい。
貸(し)座敷(カシザシキ)とは - コトバンク

遊女屋の公称。1872年(明治5)の娼妓(しょうぎ)解放令以後、娼妓が営業するための座敷を貸すものとして遊女屋を貸座敷と改称した。実質は従前と変わっていない。

もちろん公娼制も建前と実態が乖離していることは当時から批判されていた。日本で法律で管理売春が禁じられた時代、公娼制も「奴隷制」と呼ばれて批判されていた。
しかしそれは建前がまったく無意味だったということではない。建前があるだけでも抑制がはたらき、実態への批判がおこないやすかったと考えるべきだろう。


そして、この自発性の有無、より正確には誰の意思が主体だったかが、従軍慰安婦問題で争点のひとつとなった。
軍隊と業者と娼婦、この三者の関係において、1990年ごろまで日本政府は業者が主体と答弁して、勝手に軍隊についてきたという立場をとっていた。
従軍慰安婦の強制連行を狭義にとどめない問題意識は、1990年以前から確実に存在していた - 法華狼の日記

当時の日本政府が民間業者へ全ての責任を押しつけつつ、政府による調査を拒否していたことがわかる。未調査であるのに民間業者が行っていたと主張していること自体、責任回避を優先した態度ということが明らかだろう。

それが朝日新聞による軍関与資料のスクープで崩され、慰安所をつくったのは軍隊が主体であり、業者は依頼された立場であったとわかった。永井和氏へのインタビューを引こう。
(慰安婦問題を考える)「慰安所は軍の施設」公文書で実証 研究の現状、永井和・京大院教授に聞く:朝日新聞デジタル

内務省は38年2月、軍の要請にもとづく慰安所従業婦の募集と中国渡航を容認するよう通達し、慰安婦の調達に支障が生じないようにしたのです。同時に軍の威信を保つため、軍との関係を隠すよう業者に義務づけることも指示しています(資料〈5〉)

建前として「管理売春」という形式は許されないが、実態としてそのような制度にならざるをえない。だからこそ「軍との関係を隠す」よう通達された。
軍隊が兵站として慰安所を積極的に設置していたことは、近年新たに発掘された資料からもうかがえると永井氏は指摘する。

軍隊内の物品販売所『酒保』に『慰安施設を作ることができる』との項目を付け加える内容です(資料〈8〉)。

41年に陸軍経理学校教官が経理将校教育のため執筆した教材(資料〈10〉)にも『慰安所の設置』が業務の一つと記されました。

こうして日本軍慰安所制度は、業者の問題を国家が制度として充分に防げなかった出来事ではなく、問題が起こる制度を国家が積極的に採用した出来事だと判明していった。
すでに存在した売春宿が顧客を軍隊に限定したわけでも、軍側から専用にするよう求めたわけでもない*1。侵攻にともなって軍隊自身が設置していったため、日本軍慰安所空前絶後*2に広範かつ大量になった。
念のため、権力をもった組織の人員が買春するだけでも、さまざまな問題が引き起こされることは、後述のようにまず間違いないだろう。しかし、ichiroak氏やmarionko_氏のツイートのように「黙認」*3や「ポン引きが手配」*4された事例をまとめても、他国に「制度」がなかったという学説への反論としてはかみあわない。


そしてTogetterにまとめられたツイートを読んでいくと、より明確な誤謬も目につく。
具体例のひとつが、日本軍慰安所制度の「強制性」を誤った根拠で否定するgeenzoetekauw氏のツイートだ。

取り消したと画像で紹介されている吉田清治証言は、歴史学会の共同声明で指摘されているように、もともと強制性の根拠として重視されていなかった。
「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明 - 東京歴史科学研究会

日本軍が「慰安婦」の強制連行に関与したことを認めた日本政府の見解表明(河野談話)は、当該記事やそのもととなった吉田清治による証言を根拠になされたものではない。

声明にあるように、狭義の「強制連行」に限定しても多数の事例が確認されているし、詐欺的募集などをふくむ原義の「強制連行」は朝鮮半島でもあったと考えられている。

強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含むものと理解されるべきである。

何より、8年間の米国による調査で日本軍の強制性が否定されたというのは、先日に話題となった映画『主戦場』で源流が誤謬を認めた*5ように、もはや使い古されたデマといっていい。
IWG報告書は、その時点で未調査だった機密資料を調べたものにすぎないし*6、物量的にもナチスドイツの調査が優先されていた*7。それ以前に発見された強制性を示す資料をあらためて否定したりはしていない。
そもそも被害者自身が訴えたことにより、歴史学においては慰安所という現場で拘束される「強制性」が要点と考えられている。「強制性」を論じた朝日検証でも説明されている。
強制連行 自由を奪われた強制性あった:朝日新聞デジタル

慰安婦たちは、徴集の形にかかわらず、戦場で軍隊のために自由を奪われて性行為を強いられ、暴力や爆撃におびえ性病や不妊などの後遺症に苦しんだ経験を語っていた。

つまりgeenzoetekauw氏は何に反論すべきかも理解できていない。
もちろん、後半にまとめられたtamiya2345氏の「慰安婦の強制連行は捏造記事でした。謝罪します」という要約も、朝日検証における説明を歪曲した事実誤認という他ない。


また、先にとりあげたichiroak氏の、明らかに誤解をまねくツイートもまとめられている。

これは吉見義明『従軍慰安婦』でも紹介されている特殊慰安施設協会RAAのことをいいたいのだろう。しかし、設置した時系列が誤解をまねくかたちになっているため、責任の要点がすりかえられている。
0-8 占領軍は慰安所を要求した? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

全国の警察の元締めである内務省警保局長は、18日に各府県長官(知事や警視総監)に対して、「外国軍駐留地における慰安施設」について通牒を発しています。

8月19日、進駐についての打ち合わせのために、参謀次長河辺虎四郎中将ら日本政府の代表団がマニラに赴き、20日マッカーサー司令部と協議をおこないました(21日帰京)。占領軍の先遣隊厚木進駐が26日、本隊の進駐日は28日に決まりました。

RAAは本土上陸以前に日本側が設置を決定したのであって、それ以前に「占領軍による日本の一般女性に対するレイプ事件が多発」となると、植民地を指していることになるが、それが日本を動かした根拠はあるのだろうか。
ちなみにTogetterにはまとめられていないが、ichiroak氏は慰安婦証言でジープという表現が出ただけで、朝鮮戦争での出来事だと主張するツイートを固定している。

しかし「ジープに乗るよう強要され」*8という証言で近年に知られる慰安婦は台湾人であるし、「ジープ」という商標は一般的に海外でも一般名詞化している。
jeepの意味 - goo辞書 英和和英

[名]Cジープ(◇4輪駆動の軽自動車;Jeep は((商標)))

また、「ヘリコプター」が出てくる証言はインターネットで流布されているが、実在は確認されていないはず。ichiroak氏は情報源を示していないが、知っているならば教えてほしいものである。


最後に、旧日本軍に限らず、さまざまな暴力装置がしばしば性暴力とむすびついてきたことも先述したようにたしかだと思われる。
そうした各国の問題を研究したものの集積として、『「慰安婦」問題を/から考える――軍事性暴力と日常世界』という書籍が出版されている。

使い古された誤謬が多くて情報源もあやふやなTogetterよりも、ずっと情報量が多くて広範に目配りされていた。
日本軍の責任を相殺することが目的ではなく、本心から戦時性暴力に興味関心があるならば、ぜひ一読をすすめたい。

*1:そのような事例が日本軍にはなかったという話ではない。

*2:こう考えることができるのは、単純に一国が広範囲を急速に占領するような戦争がもはや起きないだろうことや、軍が兵士の性を管理する動機となる性病の多くが娼婦の健康診断よりも抗生物質で解決したことなど、人権意識にかかわらない要因も多い。

*3:ジェームス on Twitter: "【イギリス軍慰安婦2】第二次大戦時は公認の慰安所は設置せずに、現地の売春婦や売春宿を積極的に黙認した。日系2世のカール・ヨネダ軍曹のカルカッタでの目撃証言では、6尺の英兵が10歳のインド人少女に乗っている姿が丸見えで「強姦」のようだったと。そうしたことが至るところで見られたという"

*4:しかし、一晩で数十人を相手にしたという元慰安婦証言が、物理的に無理だと反駁される光景を見てきただけに、ここでのmarionko_氏のツイートが留保なくまとめられていることに、一種の感慨がないでもない。marion_ko on Twitter: "1946年に法規制されたのになぜその後も存在し得たのかというと、ポン引きが手配していたから。でも、ということは、女性達は自由意志で働いていたのかは明確ではなく、借金の肩代わりに働かせられていたことも当然あり得る。 さらに気になるのは多くの記事は女性達の境遇はほとんど"

*5:能川元一 on Twitter: "ちなみにこの山田宏のツイートをさっき杉田水脈がRTしてたんですが、歴史修正主義者との「論争」とはこういうことなんですよ。あの映画で「IWG報告書詐欺」の仕掛け人の一人がそのインチキぶりを告白しているのに、それでもなお同じことを吹聴し続けるのが歴史修正主義者。"

*6:ekesete1のブログ : 【慰安婦】米報告書について誤解を招く産経報道

*7:能川元一 on Twitter: "調査対象となった文書のページ数が記されている報告書の43ページ。文字とおり桁が違うことがわかる。… "

*8:92歳の台湾女性、日本で講演 「慰安婦の歴史忘れないでほしい」 | 社会 | 中央社フォーカス台湾