チョビ髭の男が地面に倒れていた。かつての独裁者にそっくりのその男を使って、TV局をクビになったばかりの若者が映画を撮ろうと動き出し、注目を集めていく……
2012年に出版された小説を原作とした2015年のドイツ映画。自殺したヒトラーが現代社会にそのまま転移した設定の風刺作品。
- 発売日: 2016/12/23
- メディア: Prime Video
- この商品を含むブログ (7件) を見る
独裁者本人なのに独裁者を演じる偽者としてあつかわれる設定から、阿刀田高の短編『ナポレオン狂』を連想したりもした。
- 作者: 阿刀田高
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1982/07/15
- メディア: 文庫
- 購入: 4人 クリック: 46回
- この商品を含むブログ (19件) を見る
原作小説は未読だが、映画という表現媒体を活用した「映画映画」として興味深い作品ではあった。
映画内で映画を撮影しているという形式で、独裁者のコピーに大衆が親しんでいく。映画の設定ではヒトラーは本物だが、映画内映画の設定は現実と同じ。映画内の映画撮影で登場する一般市民は、少なからず現実の一般市民を利用している。
そうして入れ子細工となった虚構と現実が混じりあい、極論を風刺と解釈して受け入れることの危うさを描いていく。登場人物の多くが歴史上のヒトラーを危険と認識しながら、それを演じる人物と思えば好意的に受けいれる。ヒトラー本人なのにヒトラーを揶揄しているかのように解釈されたり、あえて極端な意見で議論を深めるかのように評価されていく。
ヒトラーは優しくふるまうことができるし、現代社会にあわせた建前をよそおう。うるさい犬を射殺したりもするが、それは独裁者の特質というより、半世紀前の人間らしい動物観と感じられた。その射殺で初めてヒトラーに嫌悪感をおぼえる観客は、そもそもヒトラーが大量虐殺をおこなったことを本当に理解できていたのか。それが問われる。
ここで娯楽としての感想をいえば、正直いって難のある作品ではある。
なんといっても前半の、若者がドキュメンタリーを作るパートが長くてつまらない。もともとTV局をクビになるくらいの能力しかなく、たまたま見つけたヒトラーという素材をつれまわすだけ。撮影機材も貧弱なので、絵になる情景が出てこない。売りのはずの一般市民とのふれあいも、どれも短い映像ですまされるので、状況設定ほどの危うさを感じない。
現実の映像をコラージュした編集も、さほど出来がいいわけではない。ドキュメンタリーとしてつまらないだけでなく、フェイクドキュメンタリーと呼べるほど劇中撮影を徹底しているわけでもない。頭で考えたようなギャグも笑えず、楽しめたのは『ヒトラー 〜最期の12日間〜』*1のパロディくらいだ。
しかし、そうして油断しているところに恐怖がむきだしになって襲いかかってくる。
すでに日本では、かつて極右を演じる芸人としてサブカルチャーで受け入れられていた鳥肌実が、いまや現実の極右団体と連携するようになっている現実がある。
芸人 鳥肌実氏の現在に関するツイート集 - Togetter
ネタの危険性をわかっているつもりで、あえて批判するためにオモチャにしているうちにベタになっていく。この映画を成立させている基盤を、この映画は身を切るように批判していく。
映画がクライマックスにいたると、ヒトラーを演じることが冗談ではすまされないことだと指摘する人物も出てくる。その批判によって決定的な断絶があらわになる。
だが、気づいた時にはいつも手遅れだ。虚構は現実と完全に一体化して、映画でしか表現できない衝撃とともにエンディングをむかえる……