法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『日本のいちばん長い日』

ようやく日本の首脳部はポツダム宣言の受諾を決めた。原爆投下とソ連参戦によって敗北を痛感し、同時に天皇制を維持できる目算がたったからだ。
それから停戦を全国につたえる玉音放送の準備をなんとか終えた首脳部だったが、戦争を継続しようとする近衛師団がクーデターを起こす……


岡本喜八監督による、1967年のモノクロシネマスコープ大作*1。日本が敗北を認めるまでの24時間を主軸とした、同名のノンフィクションの映画化。

ポツダム宣言の受諾を受けいれる瞬間までが長いアバンタイトル。そこから玉音放送の細部に拘泥する馬鹿馬鹿しい会議を前半で終え、それでも戦争を続けたがる各勢力の暴走を後半で描く。
動きのない会議や場当たりなクーデターばかり続くが、岡本喜八監督のカット割りは無駄なく小気味よく、2時間半以上の映画ながら飽きさせない。陰惨なはずの殺戮も情けない演出なため、乾いた失笑をおぼえざるをえない。
東宝作品だが特撮や大規模な撮影技術の見せ場は少なく、戦火の大半は資料映像の引用ですませている。これは監督の特撮嫌いによるものだろうが、結果的に大日本帝国の貧しさを画面から感じさせた。


ドラマとしては、受諾に途中まで反対した阿南陸相を中心にすえつつ、敗戦を認められない勢力の動きを独立並行して映していく。現在の歴史研究と比べると、いささか海軍善玉説によりすぎている感はあるし、天皇の御聖断神話も組みこんでいる。
しかし映画としては現在に観ても成立しているはずだ。阿南陸相が主人公的な位置にあるため、登場人物としての魅力が生まれ、陸海のバランスがとれている。天皇制堅持こそが戦争を続けた原因と明かしているので、天皇崇拝をつきはなして見ることができる。
何より全体の構図が当時の日本の意識を皮肉っている。ブラジル移民社会では、敗戦後も日本が勝利したと主張する「勝ち組」が負けを認めた人々を攻撃していた。しかし敗戦直前までは本国も大差はなかったのだ。


一本の映画として、同盟国ドイツの崩壊を描いた『ヒトラー 〜最期の12日間〜』に近い印象もある。上映時間からして同じくらいで、組織的に書類を隠滅する描写も、敗北を認められない上層部もかぶる。
『ヒトラー 〜最期の12日間〜』 - 法華狼の日記

興味深かったのは、敗戦後のために書類を破棄する場面や、存在しない部隊へヒトラーが指示を出す場面や、誇りのため敗戦を引きのばすような場面。末期の日本軍と大差がない。建物の窓から吹雪のように投じられる書類や、現実を認識できないヒトラーといさめられない側近の喜劇といった、映像そのものの面白味もある。ソ連軍が目前にせまっているのに裏切者の処刑を優先したり、ある意味では日本軍より往生際が悪い。

ひとつ違うのは、往生際の悪さがアドルフ・ヒトラー個人に集中していた『ヒトラー 〜最期の12日間〜』と違って、『日本のいちばん長い日』は昭和天皇がほとんど画面に出てこないこと。
天皇の不在は責任回避と崇拝維持のためだろうが、結果として往生際の悪さが国家全体、それも登場人物の過半へ拡大している。いわば誰も彼もが「ちくしょーめ!」と怒鳴っているようなものだ。
み〜んなアドルフ!み〜んなカチグミ!……そんな大日本帝国が最期まで醜態をさらしたのは当然といえようか。

*1:2015年に原田眞人監督によって再映画化されたが未見。