法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『オペレーション・クロマイト』

南進した朝鮮人民軍が半島の大半を占領した1950年、連合軍司令官として東京にいたマッカーサーは大規模な上陸作戦を計画する。
その作戦に必要な情報を収集するため、諜報部隊が朝鮮人民軍になりすまして潜入、敵将校と接触することになったが……


朝鮮戦争で韓国と国連軍が反転攻勢するきっかけとなった仁川上陸作戦にもとづく大作アクション。『戦火の中へ』*1イ・ジェハン監督による2016年の韓国映画

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しかし近年の韓国映画としてはビックリするほど残念なところがある作品で、それが逆に興味深いくらいだった。


念のため、アクションサスペンスとして基本的にはよくできた娯楽ではある。
上陸作戦よりも前段階の潜入作戦がメインだが、ぎりぎりの騙しあいや戦闘がつめこまれて飽きさせないし、クライマックスでは陸海空にわたる仁川上陸もたっぷり描写され、映像は充実している。

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はげしい銃撃戦だけで終わらず、血みどろのまま韓国映画らしい格闘戦へつなげたりと工夫しているのが良い。それほど広くなさそうなオープンセットをうまく使って当時の街並みをカーチェイスする場面も楽しい。
VFXについては、全体として水飛沫の合成っぽさだけは残念。しかし兵器類はCGっぽいなりにクオリティは悪くないし、マッカーサーがいる日本の風景はこれみよがしでない自然な描写に感心した。
リーアム・ニーソン演じるマッカーサーも、カメオ出演とは感じさせない存在感が充分ある。潜入作戦の進展と呼応するように日本から最前線まで移動して、ひとつの場所だけで撮影をすませたかのような安さを感じさせないし、日本の司令部や軍艦内のセットもしっかり作られている。
上陸作戦は基本的に3DCGばかりで表現されているが、上陸作戦を助けるため主人公が敵陣に乗りこみ、近距離での戦車対戦車*2まで展開するサービスぶりで、ちゃんと最後までアクションに身体性を感じさせる。


物語についても、大規模な作戦を成功させるために敵地へ潜入するサスペンスの定型を押さえていて、新鮮味はないが楽しませようとする意図はわかる。
どのような敵にも対等な人格を描こうとしてきた韓国映画の名作と違って、どこまでも敵将校を嫌らしく悪魔化しているが、娯楽としてひとつの手法ではあるだろう。喜び組のように若い女性をはべらせる悪役ぶりはわかりやすいし、主人公を疑いつづける勘の良さも緊迫感を高める。占領地の住民を公開処刑して高いところに吊るしている描写は、オープンセットに生々しさをもたらす演出として良かった。


この敵将校が問題なのは、表面の人懐っこさに対比される裏面の嗜虐性が、物語の都合にあわせて簡単に変わるところだ。主人公たち潜入部隊にしてやられ、対処できなかった部下を怒りのまま銃殺したかと思えば、スパイの男を公開処刑したところへ娘がきた時には理由もなく見逃す。殺された父のそばで娘を泣かせて観客の同情をさそう描写のために、主人公をおびきだすための公開処刑にのこのこやってきた人間を無視するという、心理的に矛盾した行動をとらせたわけだ。
しかもその娘は、逃亡する主人公たちに連れまわされて反発しており、しかし公開処刑される父へ無謀にも会おうという行動が主人公に許されて、協力するように心変わりする。つまり主人公に新しい仲間ができる局面で御都合主義がつかわれたため、ことさら悪目立ちしている。
これがもっと敵味方の人格を複雑に描いてきた物語なら、残酷な敵の気まぐれな良心という解釈もできたかもしれない。真面目に社会問題にとりくんだ作品は、そういう展開で危機を脱することが良いアクセントになることも少なくない。同時期につくられた別の史実を題材にした韓国映画*3も、まったく説明のない敵の見逃しがクライマックスにあり、むしろ感動を生みだしていた。それが敵を戯画的に悪魔化してきた娯楽になると、ただの御都合主義としか感じられないし、そのままひとつの危機を脱してしまっては以降の危機感が弱まってしまう。
たとえば敵将校がやってきた娘を捕縛して主人公が救出する新たなアクションを描いたり、主人公が全身全霊をかけて娘をひきとめるドラマを説得的に描けば、せめて印象は違ってたろうが。


敵将校が悪魔化されているように、マッカーサーはどこまでも美化されている。歴史上の著名人が劇映画で活躍する時には珍しくないことなので、ここだけなら目をつぶれる。
引っかかりをおぼえるのは、マッカーサーら連合軍側がたびたび信仰にもとづく発言をしていること。宗教を弾圧する共産主義国家との対立構図を意図していることはわかる。実際に敵将校も無神論的な台詞で他者の信心を軽視する。
しかし仁川上陸作戦を題材にした大作映画で、あまりに主人公側が神をたたえる場面が多いと、どうしても過去に統一協会がつくったポンコツ映画『仁川』を連想してしまう。
2006-03-10

 1950年、北朝鮮軍が突然南下し、いっきに朝鮮半島の8割を占領した。これに対して国連軍を指揮するマッカーサー司令官は敵の腹部にあたるインチョン(仁川)に捨て身の上陸急襲作戦を敢行。北朝鮮軍を北に押し戻した。これがどうして「神の真理を広める映画」なの? 文ちゃんは言う。「きっとマッカーサーは神のお告げを聞いたに違いない」(だから、なんでそうなるのってばよー?)
 主役のアーカンソー生まれのマッカーサー役にはなぜかシェイクスピア俳優のローレンス・オリヴィエがギャラ1億円で雇われた、

 クライマックス、マッカーサーは仁川に捨て身の突入を決意、ベンと斉藤サンとその娘はニンジャみたいな格好で、上陸地点にある灯台を急襲、世界のミフネ、マシンガン乱射して大活躍!

同じ史実にもとづくとはいえ、マッカーサーは外国の名優を起用して背景に置き、末端の主人公が敵地へ潜入して上陸作戦を助けるクライマックスという構成も同じだ。
カルト宗教と差別化するには、思想の多様性を描けばいいのだが……『オペレーション・クロマイト』の主人公は敵軍のふりができるくらい敵情に通じていて、もともと共産主義者だったという過去も言及される。しかしそこから思想の自由を描いたりはせず、ひたすら敵を全否定するだけ。たとえば共産主義国家に幻滅しつつ共産主義の理想そのものを否定しないような台詞があれば、印象は違ったろうに。
いくら反共産主義ナショナリズムを鼓舞する題材であっても、カルト宗教による映画と同じ世界観を、まさか現在の韓国映画で見られるとは思わなかった。

*1:『戦火の中へ』 - 法華狼の日記

*2:一方は自走砲

*3:少しネタバレになるのでタイトルは伏せるが、無駄なカーチェイスが無駄にすごかった作品とだけ書いておく。