法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『戦火の中へ』

1950年8月11日、ちょうど日本からの独立記念日に近い時期。韓国の奥深くまで侵攻した朝鮮人民軍と、拠点にたてこもる学徒義勇兵71人の戦いがあった。


私の頭の中の消しゴム』のイ・ジェハン監督による、2010年の韓国映画朝鮮戦争において学徒兵が母親に送った手紙がモデルだという。
戦火の中へ(字幕版) - YouTube
制作費は113億ウォン、つまり12億円ほど。約2時間をかけて戦場を描きつづけ、戦争アクションとしては同規模の邦画を圧倒し、ハリウッド大作にも比肩しうる厚みを感じた。
もちろん韓国は徴兵制だから、軍隊らしい芝居をさせやすかったり、実銃をリアルに描きやすかったり、朝鮮戦争なら国内で俳優をそろえられたり、といったアドバンテージはあるだろう。しかしシネマスコープサイズを使いきった撮影は、映画技術そのものに力があるということだ。
とにかく映像にも物語にも無駄がなく、それゆえ無理が目立たない。特に新しさはないが、古びた描写はさけている。


冒頭の市街戦からして素晴らしい。連絡で走りまわる主人公の視点で描かれるから、映らない範囲にまでオープンセットをつくらなくてもいい*1。せまい道を逃げまどう描写が、そのまま圧迫感を演出する。さらに連絡先を建物の屋上にすることで、必要最小限のVFXで遠景を見せ、神の視点をつかわずに戦場の広がりを印象づけた。屋上との高低差のおかげで、主人公を主軸としながら敵味方の位置関係がわかるのもいい。
戦闘の主要な拠点は、韓国軍が接収していた女子中学校。1950年当時らしい田園風景に残された校舎で*2、急造の学徒兵中隊が騒動をへて仲間意識をふかめていく。人民軍との戦闘は、斥候との不規則戦闘にはじまり、少しずつ激しさを増していく。拠点をはなれられないところ、夜間や山林の戦闘で変化をつけていく。
敵軍が来たからと学徒兵が援軍を求めた時、通信先の本隊はより激しい戦闘をおこなっているのもすごい。それまでの戦闘でも戦争映画の水準を満たしているのに、それを上回るほど圧迫感のある塹壕戦が描かれるとは思わなかった。この描写ができたからこそ、援軍をやれないという本隊の判断に説得力が生まれる。
孤立して防衛するしかなくなった学徒兵は、武器をかきあつめて校舎を要塞化し、津波のような人民軍をむかえうつ。絶望的な戦いだが、いくつもの策をめぐらして、めまぐるしく戦場が変化していく。装甲車や戦車まで投入した人民軍の火力は、コンクリート製の校舎まで破壊していく。朝鮮戦争の初期においては、外国から支援された北朝鮮が軍事力でまさっていたことの視覚的な表現だ。さすがに戦闘車両は再現していないが、学徒兵をひきつぶしたり、攻撃で履帯が切れたりと、戦車映画でも珍しいような描写があった。
ドラマチックに火薬を多く爆発させるだけでなく、ブラックな笑いを入れているのもいい。斥候との戦闘はスピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』の一場面を思い出させ、装弾がうまくないと親指が飛ぶという説教がずっと後でひろわれる。



物語では、女性の出番が少ないのが興味深い。主人公の母親が断片的に回想されるのと、主人公として看護婦に治療される場面が少しあるだけ。はっきりした恋愛を描かず、モデルとなった手紙も要所にしか出ない。
学徒兵の中心は、経験だけで中隊長にされた主人公と、血気にはやる不良の対立。そのまわりにメガネ、デブ、三枚目、兄弟といった定型的なキャラクターが配置される。それぞれの行動が物語において機能するから、存在が印象に残る。学徒兵の区別がつけやすいから、どのような作戦をめぐらしているかや、戦場での位置関係もわかりやすくなる。
学徒兵に指示を出しつつ助力はできない本隊内の対立や、学徒兵と戦うことに温度差をもっている人民軍内の対立など、学徒兵をめぐる軍隊のありようも必要充分に描かれている。中央の命令にも政治将校にも反発し、学徒兵へ投降をうながす人民軍少佐は、ダークヒーローのような魅力がある。
ささいな描写まで戦争アクションに奉仕させ、学徒兵の物語として完成度を高めていく。たとえば韓国軍が難民を切りすてる場面も、国民の悲劇への言及に終わらず、学徒兵の立場を隠喩しているのだろう。


しかし残念なところもある。さまざまな学徒兵の悲劇を描写しつつも、あくまで奮闘を賞賛している。援軍を送れなかった場面を先述したとおり、韓国軍の責任も問いにくいつくりだ。同じような時代になれば、同じように学徒を動員するだろうと思わされる。
そして学徒兵の戦いとともに物語が終わり、結末には何も残らない。戦闘を完全に終わらせるため、魅力的な敵将校もつまらない結末をむかえた。戦闘の決着をつけるのは戦争アクションとしては悪くないが、歴史映画らしい広がりには欠けてしまう。だから結末の、学徒兵による足止めが戦争に寄与したという字幕も、EDで登場する学徒兵の生存者も、とってつけたように見えた。
実際のところ、構造だけならば日本の安易な反戦2時間ドラマと違いがない。他のあらゆる面で圧倒しているからこそ、類似点が浮きぼりになる。

*1:メイキングを見ると、映像で見た印象より狭いことがわかる。

*2:やはりメイキングを見ると、田舎の学校らしいものの、やはり周囲に人家が映りこんだりしている。おそらく新しい建造物はデジタル技術で消しているのだろう。