法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『PARASITE DOLLS〈劇場版〉』

人造の亜人間ブーマを労働力として利用している社会。そこで起きる事件を、警察機構の特務部隊ブランチが解決しようとする近未来オムニバスSF。
制作会社AICのオリジナル作品シリーズの、2004年に公開された現時点での最新作。始まりは、秘密裏に事件を解決する戦闘少女チームを描いた1987年のOVAバブルガムクライシス』。それが警察機構側を描いたOVA『AD.POLICE』へと派生し、それぞれTVアニメとしてリメイクされた。さらにその派生作品という位置づけだ。

ただし各話完結の30分OVA全3巻をつなげただけで、各話間の時間経過をテロップで見せるくらいの編集しかされていない。見せ場になる新規映像はなく、アスペクト比も4:3のままで、映画らしさは薄い。映像ソフトやWEB配信で視聴する時は、あくまで廉価版と考えておくのがいいだろう。
面白いのは、どれも2003年に発売されたはずなのに、映像スタイルが大きく異なっていること。各話でスタッフが交代するだけでなく、アナログチックな映像からフィルターを多用した撮影へ変わっている。エピソードが変わるごとに数年が経過した雰囲気を、結果的にせよ映像で表現できているのだ。


#1「a faint voice」は、複数の隊員視点でブランチの捜査を見せていき、ブーマ連続暴走事件の真実をあばく。
ブーマの能力と社会における立場、それを生産することで社会を支配している企業ゲノム、それらの背景に対するブランチ隊員の信条を必要充分に説明する、ていねいな導入エピソードだ。ブーマ用ドラッグをめぐってひねりある展開をし、大規模なアクションも複数あり、余韻に満ちた結末をむかえる。SF刑事サスペンスとして、新味はないが完成度が高い。
スタッフは吉永尚之監督に、構成の小中千昭脚本、キャラクターデザインの恩田尚之作画監督。2000年代のアニメ作品ながら、映像は1990年初頭のような雰囲気。ほとんど3DCGを使わず、とにかく精緻な手描き作画で機械や電脳を表現している。しかし凄腕のアニメーターが少数精鋭で参加しており、全編に見どころがある。立体的で生々しい恩田尚之キャラクターと、限界まで線を少なくした松田宗一郎メカアクションの対比が面白い*1


#2「dreamer」は、娼婦ブーマの連続破壊事件を、ブーマでありながら高級娼婦を演じるイブによりそって描く。
はずむボールとともに現れる謎の少女は、古典オムニバス映画『世にも怪奇な物語*2の一編「悪魔の首飾り」の引用だろうか。他にも猫や幻覚といった、ホラーの古典的な小道具が多い。そうした小道具のひとつは、SFならではの驚きも演出する。
しばしば異星人が異邦人の比喩表現であるように、亜人間ブーマは移民や奴隷の比喩なのだろう。今回のブーマは違法改造されて娼婦として心身を傷つけられるが、最高級品は高い教養と矜持ある態度で自身の価値を示す。ブランチの女性隊員が劣等感を持つほどに。
しかし異種族の垣根を乗りこえるためだからこそ、共感のきっかけとなる女性観がステレオタイプなのは気になった。サスペンスとしての展開も前回の変奏にすぎないし、女性隊員が敵の攻撃を切りぬける場面も勢いまかせ。細部に古臭いOVAらしさを悪い意味で感じてしまった。
スタッフは村井さだゆき脚本に、橋本浩一作画監督。目を引くのは冒頭の背景動画で、フォルムを優先したラフな描線で無機物を描いた、作品で唯一のカットだ。クレジットからすると橋本晋治原画と思われる。


#3「Knight of a roundtableは、ブーマ排斥をとなえる人気政治家とブランチの戦いを、身を切るような痛みで描ききった。
最終話は、完全に中澤一登監督作品。コンテや作画監督だけでなく、連名で脚本も手がけている。監督によると台詞を自然な口語体にするため、設定も展開もシンプルにしたという。SFはわからないから、現代の風景をそのまま描いた、とも。
今回の物語の主軸は、同世代の男性の愛憎劇。銃をぬけない丸眼鏡の男性隊員という、近未来SFでは珍しい主人公像の背景が明かされる。その流れでブランチ創設の理由も判明し、上司の男性の人間像が浮き彫りになる。最近にいう「ブロマンス」だ。それでいて女性隊員は思いをよせる男性隊員と別個に行動することで、逆に第2話よりも独立した人格が強く感じられる。
敵となる政治家は、表向きは急進派でないことを印象づけるため柔和な表情を装い、身内に対しては異常者としてふるまう。わかりやすく愚劣な権力者だ。しかし物語が進むと、内と外の両面が、どちらも人気取りのためだと明かされる。人気をえるために排外主義者になるということは、排外主義が社会の多数派であり、一個人の問題で終わらないことを示す。敵としてはステレオタイプですらあるのに、十年の時をへた今なお、残念ながら充分に寓話として通用する。
もちろん映像は絶品だ。立体的な恩田尚之キャラクターを尊重しながら、中澤一登らしい柔らかいフォルムで作画されている。
ただ技術があるだけでなく、省力も巧み。たとえば今回だけカーチェイスは3DCGで、それも海上の橋上という背景を省力できる舞台にしている。それでも監督によると、モデリングだけ外部にたのんで残りは内部で動かすほど、少人数の仕事だったという。しかし夕焼けに染まった風景と黒々とした自動車の群れは、きちんと絵になる色彩感覚だ。彩度を落としてブラシを多用した撮影も、当時のデジタル技術でなじませるためノイズをかけ、フィルムのような質感へと昇華した。
破壊も一場面くらいしかないが、その情景に力をそそいで、他は動きを抑えることで際立たせる。その動きの少ない場面でも、男同士の対立した会話は緊迫感があり、同僚ブーマとの軽口はおだやかに時が流れる。映像のリズムが、物語の結末にふさわしい、長い時間を体感させる。


ただひとつ惜しいのは、単純に全てを足しても85分の尺しかないこと。
もっと多くのエピソードがあれば、観る側のブランチへの愛着も強くなったろう。
そうすれば、ブランチの崩壊と再生を描いた最終回が、より印象的になったはずだ。

*1:紹介した画像はid:nisoku2氏のフォトライフより。

*2:3話オムニバスであること、エロティックな描写が多いことも、似ているといえば似ているか。感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20130826/1377466972