法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

愛媛県松山市と国際交流協会が、少女像を設置した韓国平澤市との中学生交流活動を中止

以前に2回中止した時は、新型インフルエンザやMERSといった感染症を恐れてのことだった。しかし今回は理屈にあわない。
慰安婦少女像問題:韓国への中学生派遣を中止 松山市 - 毎日新聞

 市観光・国際交流課は「中止は残念だが、保護者の皆さんが生徒を安心して送り出せないと判断した。来年以降については白紙」としている。姉妹都市の米・サクラメント、独・フライブルク両市への派遣は予定通り実施する。

この説明のとおりだとすれば、国際交流課は保護者が何を恐れていると想定しているのだろうか。少女像があることで安心できなくなるとは、それほど日本という国家は過去に加害した歴史を直視できなくなっているのか。


愛媛県松山市といえば、2016年にドイツのフライブルク市へ少女像がおくられたことを問題視して、国境をこえた市と市の合意をとりけさせた問題もある。
わがまちメール フライブルク市での少女像設置 松山市ホームページ

 また、慰安婦問題は、日韓両政府が昨年12月に最終的かつ不可逆的に解決することで合意し、この合意を着実に進めている中で、松山市としては像設置の決定が残念であることや、両市の友好関係が末永く続くことを願っているため、像設置を取り止めるよう要請を行いました。
 すでに報道されているとおり、フライブルク市はこの要請などにより、像設置を中止することを決めました。
 一度は、フライブルク市水原市の両市長が設置合意したものを、受け取ることも中止したとの連絡を受け、私からはフライブルク市長の決断に感謝の意を伝え、両市の交流をより一層、深めていくことを約束しました。

なぜ少女像が設置されるだけで友好関係がつづかなくなるのだろうか。
日韓合意のどこに第三者国でのモニュメント設置をさまたげられるような文言があるのだろうか。
自身の加害の歴史が記憶されることを恐れて、別の友好関係に介入することは、はたして友好といえるのだろうか。


そもそも、異なる文化や異なる歴史観を知ることは、国際交流の意義のひとつだろう。
これまで国際交流をおこなってきたのならば、いっそのこと少女像を見学するイベントをもりこんでも良かったはずだ。
事実、国際交流協会の公式サイト*1に掲載されている派遣生レポートでは、過去の歴史に向きあった内容もないではない。
http://www.mic.ehime.jp/MIC/JP/JHSdispatch/H28%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8-%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%84%E3%81%BE%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88-10P.pdf

私がアメリカで体験したことで特に心に残ったことは、日系人博物館を訪れ、日系人の歴史を学んだことです。日本で働く場所が無く、希望を持ってアメリカにやってきた日本人移民たちが過酷な条件下でも一生懸命働いたことがアメリカ人を脅かすとして阻害されたり、戦争が始まったせいで日本人は危険だと見なされて強制収容されたりしたことに心が痛みました。また、戦争中に日系二世は自分たちを守るためにアメリカ兵として戦ったことで一世との間に大きな歪みが生じてしまったことも、日系人の悲劇の一つだと思いました。

ただこれも、日系人が被害を受けたことへの共感だから許されたのかもしれない。
過去の派遣生レポートをざっと読んだところ、基本は文化の交流だけで歴史や政治にふれる話題は少なく、韓国との交流では同質性を確認する内容が目につく。