法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

従軍慰安婦問題を描いた表現が日本社会のタブーになっていることは、厳然たる事実だろう

「あいちトリエンナーレ」で日本のタブーのひとつとして、日本軍慰安所制度を告発し記憶する作品がいくつか選ばれたという。
タブー破り、日本最大の芸術祭で展示される“少女像” : 日本•国際 : hankyoreh japan

少女像が日本に留まっている理由は、2012年に遡る。2012年8月、キム夫妻は東京都美術館で開かれた展覧会に、高さ20センチほどの「模型少女像」を展示したが、美術館側によって展示中に会場から撤去された。

今回の展示には、日本社会のタブーに真っ向から挑戦する他の作品も展示される。2017年、日本群馬県近代美術館で展示される予定だったが、展示を拒否された「群馬県朝鮮人強制連行追悼碑」が代表的な事例だ。

2012年の作品撤去については、別の政治的な美術が排除された問題の背景として、下記エントリで言及したことがある。
東京都美術館から政治性をおびているとして作品が撤去された背景について - 法華狼の日記

東京都美術館がクレームをおそれるようになった背景に、従軍慰安婦をモチーフにした作品が抗議された過去があるという。赤旗が美術館側の主張として報じていた。
靖国参拝批判の作品 撤去要求/東京都美術館 「政治的メッセージ」/作者 「表現の自由侵す」

経緯を追っていくと、都美術館が抗議に対して萎縮しつづけ、政治性が選択的に見いだされて排除されてきたことがわかる。
作品の巧拙は自由に評価すればいいとして、表現の自由の観点からは、まず美術館とそれをとりまく社会の問題としてとらえるべきではないだろうか。

2012年に開かれたのは、「戦争、抑圧の不条理に眼と心を向け、人々に率先して美術表現で提示するのが美術家の使命である」と考える国際的な美術家交流団体による展示会だった。
そこで軍事の犠牲となった女性を記憶する作品が選択的に排除されたことで、タブーとしての強さを印象づけられた。


選択的な排除としては、「憲法と平和」をテーマにした展示会から条文を筆写した作品が「政治色が強く思想的」として撤去されたり、報道写真展がよくおこなわれる場所で元慰安婦展が中止に追い込まれた事件もある。
「憲法と平和」をテーマにした展示会で、憲法の条文を展示したところ、「政治的」という理由で撤去されたとのこと - 法華狼の日記
「売国行為やめさせよう」と主張して、自国における表現や言論の自由を攻撃するという売国 - 法華狼の日記
これらの事例では、国家が建前としてかかげつづけ、あるいは悼んでいるはずの犠牲者が、排除されるべき表現とされてしまった。
あらかじめ作品として堪えないという評価がされたのではなく、表現することそのものへの抗議に屈したことから、日本社会のタブーになっているといえる。


はてなブックマークを見て不思議なのは、日本社会にタブーがあること自体を否認する反応があること*1。上記のような事例が記憶になくとも、記事にいくつか説明されているのに。
[B! 芸術] タブー破り、日本最大の芸術祭で展示される“少女像” : 日本•国際 : hankyoreh japan

id:hunyoki はい、タブーではないのでどうぞご自由に

id:ite 別にタブーじゃないだろ。あいちトリエンナーレってそんなイベントなんだ、と思うだけ。あとなぜ米軍の車にひかれた少女の像を「慰安婦」とか嘘ついてるんだろ、とか、そうした意味不明な情の重視は異文化だなと思う

id:oktnzm いや法的に問題ないなら好きにやればいいのでは?大使館前とかウィーン条約に違反するような場所に設置するから問題になるんでしょうが。

id:dot こんなのタブーでもなんでもないでしょ。現代アートとして美術館に展示するのくらい気にせずにバンバンやればいいと思う。

id:millipede タブー破りの少女像と聞いて少女がレイプされてる芸術無罪児ポ像かと思った……この程度で何がタブーなのふざけてるの

id:tamaso 「日本社会のタブー」にそんなものないし、日本社会のタブーを「外の」人がどうやって知るのか。


他に批判すべきコメントや真意を問いたいコメントもいくつかあるが、それはさておいて今回に気になったのが下記のコメントだ。

id:voodoo5 この手の像が慰安婦の象徴と言われてもなあ。元々は米兵に轢かれた女の子の像の流用だったのにね。

引用したite氏のコメントもそうだが、このように少女像の実際のモチーフが異なるという噂がまことしやかに流布されている。インターネットの一部では確定した真実のようにあつかわれているが、その主張がどのように生まれたのか、よくわからない。
像の作者は民主化運動の元闘士であり、従軍慰安婦問題のみをテーマにしているわけではないことは事実だが、そうした作品は別個に作られている。
《少女像》はどのようにつくられたのか? 〜作家キム・ソギョン、キム・ウンソンの思い | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

作品群には、米軍装甲車にひかれ死亡した中学生を追悼する作品(*3)や朝鮮半島の統一を願う作品などがあります。

*3 2002年、米軍装甲車にひかれて亡くなった女子中学生ミソンさんとヒョスさん九回忌に追悼のために制作された。

そもそも、仮に噂が事実だったとして、それが批判の根拠になるかのような主張がよくわからない。
最初は別の事件を記憶するために制作された像であったならば、それはより普遍的な視座をもつ記念碑という解釈もできるのではないだろうか。

*1:いくつかは皮肉の可能性もあるし、そう判断したコメントは引用しなかった。「タブーじゃなくて嫌われてるだけ」のような、嫌悪されていること自体は認めているコメントも、現状認識としては特に誤りとは思わないので、やはり引用していない。