法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

日本軍の問題から日韓の問題へ枠組みを変える無意味さ

従軍慰安婦問題に対する日本政府の態度を、そのまま追認するようなエントリが話題になっていた。
米軍慰安婦に関する海外の報道と反応
下記の部分は事実認識としては大きく間違ってはいないと思うが、そのことで書き手の限界があらわになっている。

"Forced"な状態に置かれていたのであれば日本軍慰安婦と同様、米軍慰安婦もまた非道な人権侵害であることは間違いないのだが、「日本みたいに軍が人さらいしてない」という言い訳が出てくると考えられる。

この米軍慰安婦訴訟によって、黙殺されてきた米軍・韓国軍慰安婦の人権侵害に目を向けられるという予想はあったが、逆にそれを避けるために「我々は悪くない。日本のケースとは全く違う」と日本の残虐度をアピールする方向にも話が飛びうるのだなと思った。

別に日本の責任を否定するのではなく、韓国において日本軍によるKidnapping、abductionは例外的なケースであったということははっきりとしておく必要があると思われる。(海外の掲示板、コメント欄では日本軍が直接Kidnappingしたケースがほとんどだと思われている)

"Forced"すなわち強制されたという点において「日本軍慰安婦と同様」と認識するまでは正しい。たとえ経済困窮者が“自発的”に集まってきたとしても、それは社会的な強制という考えができる。志願制なのに徴兵制のようになっている現在の米軍にも通じる問題だろう。
しかし「日本みたいに軍が人さらいしてない」という「言い訳」に反論するため「韓国において日本軍によるKidnapping、abductionは例外的」とはっきりさせる意味はない。日本軍慰安婦朝鮮半島出身者が多くをしめたと思われるが、だからといって「日本のケース」として朝鮮半島における募集のみを持ち出すことはできないし、その枠組みを「欧米メディア」が共有することも期待などできない。
「日本軍慰安婦」の被害は、本土から植民地から占領地まで広範にわたる。「日本軍によるKidnapping」に限定しても、例外的という評価などできない直接的な事例がはっきりある。


あくまで現時点の通説として、朝鮮半島の現地における募集は主として下請け業者がおこなったという指摘はされるべきだろう。
しかしそれも「20万人の主に韓国人が日本軍によって強制的に性奴隷にされた」という認識への反論にはならない。人身売買の被害者はすなわち奴隷であるし、募集以外の移送や管理において日本軍が強制的に性奴隷にしたことは朝鮮半島出身者の場合でも大きく変わらない。
この認識で誤りといえるのは、当時に「韓国人」はいなかったという細部くらいで、全体として現在の歴史研究から大きく離れてはいない。否定しているという韓国の研究者とは誰だろうか。


そして下記の追記を本心からの反論と信用するならば、書き手は自身の枠組みの小ささに無自覚なようだ。

どこをどう読めばこの文章が、「米軍慰安婦を追求することで従軍慰安婦制度は悪くないと認められる」という主張に読めるのか。

「"Forced"な状態に置かれていたのであれば日本軍慰安婦と同様、米軍慰安婦もまた非道な人権侵害であることは間違いない」とはっきり僕は書いている。

いったん強制性を認め、通じる問題とみなすまではいい。しかし直後に、事実関係の反論として異なる枠組みの細部を持ち出したことで台無しにしてしまった。
先述したように、日本軍慰安婦と米軍慰安婦を比べようとしながら、韓国における直接的な事例だけ持ち出すのは誤りだ。過去から欧米が日本軍慰安婦の韓国における事例のみを論じていたなら意味はあるかもしれないが、たとえば米国グレンデール市におかれた像は日本内地をふくむ広範な被害者に言及している。
グレンデール市の従軍慰安婦像に書かれた被害範囲を批判する人 - 法華狼の日記
何より、細部で反論してしまえば、せっかく「"Forced"な状態」という大きな枠組みを打ち消してしまう。細部について「はっきりとしておく必要がある」というならば、米軍慰安婦において細部の違いを論じられることを「言い訳」と批判することもできない。


なお、もともと韓国内において米軍慰安婦問題を追及していたのは、日本軍慰安婦問題を追及していたものと重なっている。そのことは書き手も返答エントリで認識している。
id:gurgle 「左派的な言動主に極右を対照させる詭弁("極右の反応と全く変わ..

「韓国の訴訟は旧軍元慰安婦も支援していて」その指摘はどういう意味ですか。当然そうだろうね、という感じですが。

そう考えるならば、今回の訴訟は「ターニングポイント」というより、もともと持っていた「ターゲット」のひとつと解釈するべきだろう。


この返答エントリでは端的な事実誤認もしている。

それは「自国」「敵国」の違い、地域による事例の違い、未解決かどうかの違いという意味で切り分けるべきだからです。(韓国のみがアジア女性基金を拒絶した事実をここでは確認しておきます)

フィリピンでもアジア女性基金を批判する動きがあり、拒絶する団体も生まれた。最終的に受け取ったことをもって分断が生まれたことを否認することはできない。
各国・地域における償い事業の内容-フィリピン 慰安婦問題とアジア女性基金

リラ・ピリピーナが基金の事業を受けとろうとする元「慰安婦」を援助すると決定したのちに、その経過に不満をもった人々は新しいグループ、マラヤ・ロラズをつくりました。しかし、このグループも2000年1月にはアジア女性基金に申請書を提出しました。この人々を支持していたインダイ・サホール氏の「女性の人権のためのアジア・センター(ASCENT)」も、被害者の人たちがそう考えるなら、それに協力するという態度をとるにいたりました。

台湾でも同じように分断が生み出されていた。日本政府が最初から立法化で賠償すると決めていれば生まれなかった分断だ。
各国・地域における償い事業の内容-台湾 慰安婦問題とアジア女性基金

アジア女性基金は、婦援会の認定をうけた被害者に対して事業を実施することを方針としました。 1996年1月、基金の対話チームが初めて台湾に赴き、婦援会を訪問して、被害者4名との懇談ができました。被害者はアジア女性基金の事業に関心を示しましたが、婦援会は国家補償をもとめるという方針のもとに、基金との接触を断つようになりました。

もちろんアジア女性基金としては団体のみが反対したかのように記述しているが、「韓国のみがアジア女性基金を拒絶した」という認識は、戦後補償問題の全体をとらえていないといっていい。
これもまた、従軍慰安婦問題を日韓の問題にだけとどめたいという日本政府の国内宣伝によるものなのだろう。本心から米軍慰安婦を人権侵害問題ととらえたいならば、国内宣伝を信じることは無意味どころか視野をせばめる害悪だ。